王都脱出
ギルド前でフリン君や他の子どもたちと合流したのは少し前のこと。
新人の子ども同士で一緒に依頼を受けることは珍しくなく、冒険者の、しかも小さな子どもならこんな時期でも街の外に出ることは普通なんだって。
これが一番目立たないと言われたわたしは、数時間だけ彼らと行動を共にすることにした。これから王都を出るので少しだけ冒険者らしく、干し肉を買って、水を用意して、それを腰に下げて。
なんだかテンションがあがる。
ちなみにネッドは昨日一日死んだ顔をしていたが、今朝はいつも通りクールな顔に戻っていた。
大旦那さまいわく、あれはもう病気だから仕方ない。というよくわからない言葉をいただいた。
「おい、この先の門を抜けるぞ、ギルドカードは持ってるな?」
「ん」
フリン君はお兄さんらしく、みんなに声をかける。
ちなみに今のわたしは、暗めの茶髪のウィッグをかぶっている。三つ編みの上から三角巾をかぶり、下町の子が着るようなボロをまとい、ポルカちゃんと手をつないで、背中には大きな籠を背負っていた。指先が見えると出自の良さがバレるからって、大人用のシャツを着て、袖を二回折った。商会の地下で少しだけ泥をあえてつけて、いかにもスラムの子どもみたいだ。
でも、スラムの子どもはみんな楽しそうに笑顔を浮かべている。そこには悲壮感はまったくなかった。
街を出る時間は、門番達の交代時間に合わせた。これは総一郎が調べてくれた。
昨日遅くにやってきた総一郎は、静かな顔で、またなって言った。
きっといつかまた出会えるだろう。
一度結んだ縁だもの。わたしはそう信じる。
忙しいのか、門番は不機嫌そうな顔をしながら街に入る人間を確認しているが、出ていく人間に関してはギルド証を提示するだけで通してくれた。
「こんなに簡単に出られるんだ」
「出ていくときはな。でも今は入るまでに時間がかかるから、さっさと採取にいくぞ」
フリンくんはそう言って森の中に入っていく。
王都を出てすぐに別行動をとると目立つので、ベルノーラ商会の馬車が近くを通るまでは一緒に行動してくれるらしい。
「お前、簡単に攫われちゃうからな。俺たちが守ってやるよ」
「だいじょぶよ、おねえちゃん。ポルカがついてるわ」
「うん、ありがとう。心強いよ。でもみんな、昼前になったら戻って。街に入れなくなっちゃうわ」
子どもたちも笑顔で頷く。
「いつか魔の森を抜けてお前に会いに行くよ。それまでにはランクも上げて、もっと強くなる。でも無理はしないぞ。俺たちはみんなでお前に会いたいから、遠回りでもちゃんと力をつけてみせる」
大人でも難しいだろうことを、彼は笑顔で言い切った。
「うん、待ってるね」
知らない間にいろんなところに、いろんな知り合いができたんだな。
「でもさ、もしお前がさみしくなったら、会いに来てもいいからな」
「うん、わかった」
みんな優しい。ちゃんと支え合って生きているのがわかる。
「うれしいな。みんなに会えて、本当にうれしい」
ニコニコと、裏表のない笑顔がこんなにも癒されるなんて。
わたしはなんて幸せな出会いをしたのだろう。
「ところでお前、ネッドの奥さんになるって本当か? お前、おやじ趣味なのか?」
ネッドに聞かれたら命がなさそうなことを・・・
「まだ決めてないわ。でも、なんか押し切られそうなのよね。何かいい手はあるかしら?」
「あいつ強いからなぁ・・・弱っちい男じゃ対抗できないぞ」
そうよねと頷くと、ポルカちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「ネッドお兄ちゃん、優しいよ? おねえちゃんが大好き。どうしてだめなの?」
「ダメではないけど、まだ心が決まらないの」
包容力の塊みたいな男で、わたしのために喜んで死ねる男で。でも。
「そおっかー。じゃあ、まだ決まってないんだぁ。じゃあフリンお兄ちゃんでもいいの?」
「はあ!?」
おい少年、まるでこの世の終わりみたいな顔をするんじゃないよ。
「いいかポルカ、俺にも選ぶ権利はあるぞ!」
とりあえず脳天に一発拳骨をお見舞いした。
ベルノーラ商会の馬車は昼前になってゆっくりとやってきた。もともと祭りに合わせて荷物を運ぶという名目になっているため、馬車と言っても荷馬車だ。顔見知りの店員が、制服の帽子をくいっと二回持ち上げるフリをする。
合図はいくつか決めておいた。
問題がない場合は一回。もし、何かあった場合は二回。
そしてその時は、わたしは隠れてやり過ごすこと。馬車は止まらず走り去った。
「おい、どうすんだよ?」
とたんにフリンくんたちがざわめきだす。
「大丈夫、馬車はあと二台通るわ。わたしはここで様子を見るから、みんなは街に戻って。ここまでありがとう。ちゃんと出発できたら、必ずベルノーラ商会から連絡をする。だから、信じて。それに、一応他の手も用意してあるの。お金がかかるから嫌だったんだけどね。任せて」
でも、とか、だって、とかいう彼らをなんとか言って、みんなの後姿を見送った。
そう、他にももちろんいくつか用意はしてあった。
「スヴェン、いますか」
「いるよー」
どこからともなく見知った男がおりてきた。どうすれば木の上から飛び降りて足音すら立てないなんて芸当ができるのかしら。すごいわ。
「万が一のときは、お世話になります」
「うん。こちらこそ」
スヴェンほどの冒険者は、その護衛依頼料も半端ない。だが背に腹は代えられない。
代金はベルノーラ商会が責任を持つと言ってくれているから、門が閉まる夕方までに馬車に乗れなかった場合は、彼に運んでもらう手はずだ。




