しばしのお別れです
リーナ、とまるで宝物のようにわたしを呼んだアレクは、いつぞやの星空の下にいた時のように優しい顔をしていた。
「しばしのお別れです。私は、もうしばらく王都に残ります。星祭りの翌日に退官し、その後はしばらく、監視がつきます」
わたしを逃がすことで、彼がどれほどのものを背負うのだろう。
「リーナは北の街に行ったことがありますよね。実はそこに行こうと思っています」
「ほんとう? でも、この王都から出られるの?」
二人きりの部屋は、わずかな明かりを一つ灯して、あとは星の明かりを頼った。
暖かいお茶もすぐに冷めるだろう。わたしもアレクも手を伸ばさなかった。
わたしたちは自然と窓際に立って星空を眺めた。
「出ることは可能ですが、数年は監視がつくでしょうね。それでもかまいません。この王都に来てから、私はずっと頑張ってきたつもりです」
騎士になると決めた数年前は、彼が近衛騎士団に入るなんて想像もしていなかった。
「爵位は残りますが、一代限りのものですし。でもお金は十分貯めましたからしばらく働く必要はありません。なんなら冒険者になるという手もありますし、まあ、監視がうっとうしいと思ったら冒険者になって世界中を飛び回ってみせますよ」
アレクの行動力なら、簡単に出来てしまいそうだ。
冒険者の格好をしたアレクも、なかなかの美少年だった。
「もしナーオスに行くならバントスさんの家を訪ねてみて。みんなイイヒトよ」
「ええ、わかりました。必ず」
「あと、わたしの髪を切った少年のことは、もう許してあげて」
「それは・・・もう怒っていませんよ。あなたが怒っていないのに、私が怒り続けるのはおかしな話ですし」
そうなんだ。ちょっと意外だった。ネッドでさえ彼に対しては冷たかったのに。
「リーナは、私があの日に囚われていると思っていますよね」
「違うの?」
「確かに、無力な自分が嫌で騎士になりました。許せなかった」
ふと見上げた彼の横顔は、もう少年とは言えないくらい、大人の男の顔をしていた。
「そんな昔の自分は、今でも嫌いです。でも、あなたは私を嫌いではないでしょう?」
「うん。嫌う要素なんて一つもないわ。アレクはいつでもわたしを大事にしてくれた。それなのに、あなたから逃げたのは、わたし」
ふふ、と軽やかな笑みを浮かべて、わずかに首をかしげるアレクは、月明かりの下でとても色っぽかった。
「アレクが都会に染まっちゃったわ」
「なんですか、それ。急に変なことを言わないで。・・・私は、あなたに好かれる自分であれることがうれしいです。たとえあなたが私を異性として見ていなくても、まだ時間はありますし」
うん?
「数年後、今度は私から会いに行きます。それまではしばらくのお別れです」
アレクはそっと私の両手を持ち上げて、大切なものを隠してしまうかのように包み込んだ。荒れた両手はカサカサしていて、大きくて、ああ彼はもう少年と呼ぶには大人になったのだと再認識した。
「リーナ、いつか本当の名前を教えてください。本当のあなたを教えてください。私は、どんなあなたでも大好きです。愛しく思います」
だからまた、お会いしましょうね。
アレクは最後にとても綺麗な笑みを残して、一人で部屋を出て行った。
しばらく彼が居なくなった扉を見つめ、それから完全に冷めたお茶を一口いただく。
アレクの最後の言葉はまるで、いつか会った海賊の人のようだと思った。




