真剣さ、どこにいった
「そこの美少女。お前、前に男装してうちを手伝っていたガキだな」
「はい!」
思わず大きな声で返事をしてしまった。
「よしわかった。うちの大事な仲間を、こいつらが手籠めにしようとしているわけだな」
いや、全然違うけど。ここは否定するほうが面倒そうだ。
「お助けください、うちの大切なお嬢さまを連れて行くといっているのです。豪華な食事やドレスを用意するからと」
嘘ではないが、そんな言い方をすると騎士が完全に悪者だ。
ぎょっとした顔でネッドを見る騎士たちの、慌てふためく様子も、今は無視するのが正解だろう。
「ふてえ野郎どもだな。年端もいかぬガキをつれてってどうするってんだ? ああ?」
「お嬢さまの服を無理やり奪おうとは、なんて非道な連中か」
いや、あんた楽しんでるよね、ネッド?
「わたし、脱がされちゃうの? 違うお洋服を着るの?」
思わず口に出すと、更に血の気を失う騎士たち。
「意味が全く違うではありませんか、王妃様はあなたのために、恥をかかぬようドレスをと」
そんな恥をかくような場所に行きたくないんだけど。
「わたしの服はベルノーラ商会で用意するから、別に欲しいと思わないわ」
なんせ広告塔ですので。
「つまり、このガキをひん剝きたいってことは本当なんだな」
そこだけ受け取るのかって感じだけど、この意味不明な場所から逃げ出せるなら利用するしかない。
「助けてください、おねえさま。わたし、知らないおじさまたちに連れていかれちゃうわ」
やめてネッド、そんな、うわぁって言いたそうな顔で見ないで。
あと、ニコニコ笑っていないでもっと真面目な顔してください大旦那さま!
やってるわたしは恥ずかしいのよ!
「任せな、嬢ちゃん」
恰好良い人だな。
「総一郎より全然素敵な方ね」
「だろ」
総一郎、そこでドヤ顔するな。
そしてそこからは早かった。
正式な理由もなく(あるが)、大人数で隊の地下牢に押し掛けるのは非常識だ。また未成年を連れていく場合保護者の許可を取れ。それがないならば、王族だろうが罪人だろうが引き渡すことはできない。
等々のセリフをハスキーボイスが伝え、強制的に騎士たちを追い出した。
「本人が行きたくないってんなら、行かなきゃいいんだよ」
「そうだよね。こんなふうに強引な手を使うなら、うちの商会はもう王妃さまたちの所とは取引できないなあ。だってこの子は、うちの大切なオヒメサマなんだからね」
ハスキーボイス先輩の言葉よりも、大旦那さまのこの言葉のほうが彼らには効果てきめんだった。
とりあえず王都には滞在してもらいたいと強く念を押され、ベルノーラ商会ご用達の高級宿に向かい、しばらくは外出を控えることを約束させられて、彼らは帰っていった。
ついでに影の薄すぎたシュオンも帰っていった。お仕事があって逃げられないらしい。
すでに遅刻では・・・と思ったけれど、わたしは一つ頷いただけだった。
「時間はできた。これからどうするかだよね」
沈み込むようなふっかふかなソファーに身をゆだねるわたしは、大旦那さまのその言葉を聞いて考える。
「わたしは、王族にはかかわりたくないんです。もし強引になにかするおつもりなら、すべてを捨ててでもこの国から逃げます」
「その時は俺に任せてねー」
赤い瞳の男がひらりと手をふるうと、大旦那さまは真面目な顔で彼を見て、それからわたしを見た。
「連れてきた私が言うことではないが、男は選んだほうがいいよ」
「大丈夫です。こんな不審者を信じるほど腐っておりませんし、男に不自由はありません」
なんせ常にネッドが張り付いているからね。
「あれ? なんかひどい事言われているような気がするよ?」
いいから黙ってて。
「お嬢さんの心には常に俺が居るということですね」
物理的にと言ってほしい、せめて。
「でも君、真剣なお話だけどね、このままじゃあ王族が街まで押しかけてくるよ。君のご両親はまだ身体がアレだし・・本気で外国船に乗るなら、こちらで手配するよ?」
なんて心強い!
「ありがとうございます。もうちょっと様子を見てから考えます。一応数日はこのままでしょうし。予定通り星祭りが終わったころに戻ろうと思っておりましたので」
「そうだね。ただ・・・うーん。そうだね」
大旦那さまは椅子に深く腰掛けて、そのまま思考の海に旅立ってしまわれた。こうなったらしばらくは動かないだろう。
ネッドがそれを見て早々にお茶の準備に取り掛かり、マーティンやスヴェンはわたしの隣に座って好き勝手に喋りだした。
二人とも高身長だから挟まれると圧迫感が半端ない。
「ねえ、うちにくる? 部屋には余裕があるし、しばらくうちに滞在すればいいよ。あと俺に専属護衛の依頼を出してくれていいよ」
何気に仕事の依頼を頼んでくるあたり、スヴェンはちゃっかりものだ。
「貴族の屋敷なんてつまらないよ。うちにおいでよ。うちの両親はちょっと天然入っているけど、基本的にはイイヒトで有名だよ」
どんな両親だよ。
「スヴェンは貴族なの?」
「一応ね。強くないと家を追い出されてしまうから、うちの家族はみんな強いよ」
いやそこ、わたしは生きていけない世界なんじゃ・・・
「マーティンは、両親が好きなのね」
「好きだよ。母さんは綺麗な真珠色の肌に、黒い目と髪。びっくりするぐらい美人なんだけど、お酒が好きなんだ。よく妹に怒られてるけど反省したフリが上手いんだよね。父さんは元々戦士だから体が大きくてガッシリしてるよ。強くてたくましいけど、ちょっと天然入っているから、小さいときは大変だった。強くなる近道だって言って、山に置き去りにされるんだよ。しかも数日おきに。だからね、特技が動物の皮をはぐってことなんだけど、おかしいよね?」
あんたの不審者ぶりは親御さんのせいでしたか、そうですか。
「でも便利な特技だ。俺が狩ってきた獲物をコイツがはいでくれたら、食べやすい」
いやその基準、わからんでもないが可笑しいよね?
そんな会話をしていると、ふいに部屋のドアが控えめにノックされた。




