寝起きに見たいもんじゃない
「えー、寝ちゃったの? せっかく来たのに」
少しだけ埃っぽい空間に響く声は、こんな場所なのに鮮明に聞こえた。
「まあまあ、スヴェン。いいじゃないか。女の子の可愛い寝顔なんて素敵だよ」
豚のしっぽ、ババヌキ、ダウトと続き、最後神経衰弱をしていたらふいに記憶が飛んだ。どうやら眠ってしまったらしい。
聞き覚えのない声に目を開けると、何故かネッドが、見知らぬ男にナイフを向けて殺意を放っている。
寝起きに見るもんじゃねえなと思ってもう一度目を閉じると、少し雑に頭を撫でられた。
「お前、見ないフリすんのやめてあいつら止めてくれ」
「総一郎、なでなで下手ね」
「俺はガキに興味ないんだよ」
がしっと頭蓋骨をつかまれたので仕方なくもう一度目を開ける。
「スヴェン? それに・・・いいえ、赤い瞳だわ」
まさか三人目の異世界人かと思ったが、見知らぬ美青年は赤い瞳をしていた。
抜けるような白い肌は荒事を知らない人みたいに繊細だし、地下でも光の反射を受ける絹糸のような髪は黒く美しい。
「絵にしたらいくらで売れるかしら」
「ふふ、俺を売るの? いい度胸だね。さすが母さんと同じ世界の人だ」
はて?
「リーナ、起きたのなら朝食にしようか。私はお腹がすいてしまったよ」
何故か牢屋の中に大旦那さま・・・いや、なんで!?
「ご無沙汰しております、大旦那さま」
「うん。元気だったかい? 約束通り、君は一人で逃げ切ろうとしたね。まさか王族ごときに邪魔されるなんて、君もまだまだだね」
いたいけな少女の失敗がそんなに面白いのか、クスクス笑う人を見ながら寝ぐせを手櫛で直していく。
「大旦那さまと地下牢って、なんだか変な感じです」
「私が来たことは驚かないの?」
「驚きました」
むしろ寝不足で頭がぼうっとしているので、驚いてはいるが反応できないだけだ。
「よかった。君を驚かせたかったんだ」
なんだこの少年のような心の人は・・・それにしても良い香りだこと。
「ベルノーラ商会のお弁当ですか?」
「うん。一緒に食べよう」
なぜか弁当を三つ抱えた人が顔面真っ青で格子の外に立っているんだけど、つっこんだほうがいいのかな?
「大旦那さまが牢屋に入ったことを知ったら、奥さまが悲しまれそうです」
「そう? ばかね、あなたって言われそうだけどね」
いつまでたっても仲が良いのだろう。素敵な関係だ。
きっとお互いに、いろいろと思うことも言いたいこともあるだろうが、今は食事を優先することにした。
元憲兵のオッサンはいびきをかいて眠っているので無視する。
「ところで、ネッドはいつまでそうしているのかしら? 喉がかわいたわ」
何故か美青年にナイフを突きつけているネッドに言えば、深いため息が帰ってきた。
「この不審者がお嬢さんに勝手に触ろうとするので止めておりました」
「まあ、そうなの。それでお客さま。ご一緒に朝食はいかがかしら?」
「いいね。いただくよ。僕はマーティン、勇敢な戦士の息子だよ」
なんか言ってるけど、勇敢な戦士って何だろう。
「勇者とは違うの?」
「勇者制度はこの国特有のものでしょ」
そうなのか!
「詳しく聞きたいわ。外国に興味があるの」
真剣に言えば、ネッドが呆れた顔で弁当を差し出した。
「冒険者は諦めたのではないですか」
「商人として行けばいいのだわ!」
これでどうだと胸を張れば、マーティンが穏やかな顔で言った。
「君、王族に目をつけられたんだって? 国を超えるのは無理だよ。国境警備隊が絶対に通さない。別の方法を考えたらどうかな?」
いや、正論・・・うーん。国外逃亡も難しい場合はどうすればいいのかな?
「こういうのに詳しい人がいるから紹介しようか? 大丈夫、ちょっと死んだことにすればいいんだよ。でも逃げるには場所とかもちゃんと考えたほうがいいから」
いや、何が大丈夫なわけ?
マーティンは綺麗な笑みを浮かべて首を傾げる。こんなに美人なら老若男女関係なく彼に心奪われることだろう。だが言っていることはまともじゃない。
この男は見た目通りの優男ではなさそうだと視線を向ければ、赤い宝石のような瞳が細められた。
「からかう相手は別に選んでくださる?」
「ふふ、ごめんね。可愛い子と話すのが楽しくてつい」
そういいながら目の奥が全然笑ってないんだけど。
「お嬢さん、こんな不審者と遊んではいけません」
「大丈夫よネッド、こんなあからさまに性格の悪い男は好みじゃないわ」
「あれ? 僕に好感を持たないなんて、このお嬢さんは男の趣味が悪いんじゃないかな?」
なんか濃い人きたなーって思っていたら、総一郎が大きなため息をついた。
「こいつ、お前にそっくりで、なんか見てて腹立つわ」
解せん。




