ネッドでも驚くことはある sideネッド
優秀だと言われる俺でも驚くことはある。
例えば目の前にいるお方の存在が信じられなくて驚いた。
「ご無沙汰しております、旦那様」
あの街から出てくるのは建国祭の時だけ。それも式典に出たらさっさと逃げることで有名なベルノーラ家当主。裏稼業でも有名な人だから、命を狙われることも少なくない。
何もなく王都に来るはずがないのだ。
「やあ、ネッド。リーナの一大事だと聞いてね」
「はい、現在憲兵隊にて保護されております。アレクセイは今回の責任を取って騎士を辞めると言っておりますが」
「あの子のことはいいよ、どうせそろそろ田舎に引っ込みたいんだろう」
さすがです。
「それより、どうして憲兵隊なのかな?」
「憲兵隊にはもう一人の異世界人がおります。彼が保護してくれおります」
一応俺の雇い主には逐一報告している。リーナが異世界であることも、軽く伝えてあった。それゆえに、彼女の家族をベルノーラが保護しているのだ。
為政者に利用されないために。
「そうか、まあそれなら・・・うーんでもね、そろそろうちの家内がね、リーナに会いたいと言っているんだよ」
「連れ戻しますか。本人は星祭りが終わったら戻ると言っていますが」
「戻るのであって、帰ってくるとは言っていないよね?」
似た言葉でも意味は大きく変わってくる。
「お嬢さんは、必要なら海外でも平気で逃げていく女ですよ。無理に留め置くことは不可能です」
「そうだよね。だからお前を付けているわけだし」
懐に入れた人間にはとことん甘い男だが、敵になったら一切容赦はしない男でもある。今回のことがどう転ぶか。
「あの王子についてはこちらに任せてくれるかな。彼は昔から変に純情だったからね。扱い方は知っているよ」
「・・・かしこまりました」
「あとね、リーナに届け物があるって言って、うちを訪ねてくれた子たちがいてね。連れてきたから会わせたいんだけど。案内してくれる?」
そういって後ろをそっと振り向くと、そこにはまるで絹糸で作られた黒い髪の青年の人形が座っていた。精巧な人形に驚いてまじまじと見てしまう。
「これは?」
「ああ、待ちくたびれて寝ちゃったみたいだね。綺麗な子だろう?」
「・・・寝ちゃった?」
まさか、これは生きているのか。手を伸ばせば、横から違う手が伸びた。
「ダメだって、こいつ寝起き最悪なんだ」
ディドラ帝国と聞いて思い出す、赤い髪に黒い瞳の生意気なガキ。スヴェン。
「なぜここに?」
「S級にあがったから、リーナに報告しようと思って。リーナのおかげで上がれたんだ。やっぱり護衛指名はいい点数稼げるよね」
「今回は私の護衛を頼んだんだ。もちろん、報酬に色も付けるよ」
「ありがと。金には困ってないけど、こいつを連れてきたかったから馬車旅は助かったよ」
こいつ、と指さした先には、赤い瞳を輝かせる男が一人。いつの間に起きたのか、気配はなかった。
黒い瞳じゃないのかと少しだけがっかりした。
「ああ、その顔。黒い目と黒い髪の組み合わせを知ってる人か。はじめまして、俺はユーリの息子だよ。リーナって子に手紙を預かってるんだけど」
誰だよ。
「港町で元海賊にあっただろう? その返事がきたんだ。でも内容がちょっと難しいから、息子が持ってきたんだよ。俺はこいつの護衛依頼も受けてるから」
二十で仕事を受けたらしい。目的地が一緒だとこういうこともあるが・・・
「異国に降り立ったという異世界人か・・・子どもがいたとは」
「大恋愛の末の結婚だから安心していいよ」
そうか、と少しだけ安心した。異世界人は迷い人と呼ばれ、しばしば為政者の犠牲になりやすい。この国では特に、昔多くの異世界人が実験の末亡くなった過去がある。
「普段は神々の神殿に守られてるから、敵に襲われることもない。まあ、最近は飲みすぎが原因で禁酒を言い渡されてキレてるみたいだけど」
「神殿にいるのか」
「こっちの神殿、昨晩確認したけど神の気配はなかったね。あんなのハリボテじゃないか」
「外では言わないでください。一応信仰の対象なんだ」
「わかってる。俺はユーリの息子で、マーティンっていうんだ。よろしく」
このマイペースな態度、確かに異世界人とゆかりがありそうだ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いや、別に・・では旦那様、ご案内いたします」
「うん。あ、まって、朝食を作らせたんだ。みんなで食べよう」
大きなバスケット三箱を持った使用人が、輝かんばかりの笑顔で立っていた。お前はやめとけ、あそこは騎士だらけだぞと言いたかったが、やめておいた。
見たほうが早いだろう。
時刻はそろそろ夜明け。俺たちは旦那様の用意した馬車に乗り込み、憲兵隊に向かった。




