可憐な少女 sideハリー
その話を聞いた僕は、大急ぎでエプロンを脱ぎ捨てた。
今日から坊ちゃんが紹介してくれた可愛い女の子がくるらしいんだ!
僕は女の子が大好きだ。別に性的な意味ではないよ。ただ可愛い子が好きなんだ。なんだか見ているだけで幸せな気持ちになれるんだよね!
ということで、メイド長のマーラに怒鳴られたけど無視して廊下を全力疾走した。
その子は、大旦那様や奥様が普段使いしているリビングにいた。基本的にお客が入れる場所ではない、完全なプライベート空間だ。
そこで、彼女には大きすぎるほど大きいソファに腰かけて優雅にお茶を楽しんでいた。
「可愛いレディはここかい!?」
驚いた様な少女は、噂に違わぬ黒い髪に黒い瞳だ。その瞳はまるで宝石のようにキラキラ輝いていて、白い肌は目立つ傷もなくて。
指先が少し荒れているから後で薬を用意しよう。
「ああ、なんて可憐なレディなんだ! 本当に可愛いじゃないか!」
思わず抱きしめてしまった。
華奢な体は力を込めると壊れてしまいそうなので気を付ける。すりすりと頬を右耳にこすり付けると、甘い香りがした。髪になにか塗りこんでいるのかもしれない。
清潔な体は平民の子どもじゃないことに彼女は気付いているだろうか。
「ああ、いい匂いがする。これは何を塗りこんでいるのかな? 自分でやったの? 今日からは僕がしてあげるね」
言い切った瞬間、頭上からナイフが降ってきた。
「危ないじゃないか! 彼女になにかあったらどうするんだい!? 女の子は生きているだけで世界を幸せにする存在なんだよ!?」
「お前のつまらん世界だけだ」
底冷えするような声が後ろから響き、あ、と気付く。
そこには執事見習いの少年が殺意を込めた目で僕を見ていた。
「あ、うん、いやね、でもね、いきなりは危ないと思うんだ」
「私がしたわけではありませんが・・・とりあえずその少女を離してください。坊ちゃんの大切な方です」
酷いな。頭上からナイフを投げたのは護衛の連中だろうけど、命じたのはこの少年だ。
まだ十三歳になったばかりの貴族の少年で、貴族だけど二男だから手に職をつけないと生きていけないので、彼も行儀見習いとして様々な事を勉強しているらしい。
時々僕に容赦ないんだよね。
「初めまして、可愛いお嬢さん。僕はこの屋敷で料理長をしているハリーだよ。君のお名前を教えてくれる?」
まあいいやと思って彼女に振り向けば、まるで石のように固まってしまった女の子が黒い宝石をこれでもかと見開いていた。
「ハリー、リーナさんをお放しなさい」
「はーい」
うう、ワイズは怖いから逆らえない。僕はしぶしぶ彼女を手放した。
彼女は驚いたまま僕をじっと見ていたけれど、ふと正気に戻ったように笑みを浮かべた。
「はじめまして、ハリーさん。リーナです。よろしくおねがいします」
すっと腰を落としてレディの礼を取る彼女はとても愛らしくて、ああ、なんて眼福!
「よろしくね、可愛いお嬢さん。食べたいものがあったらなんでも言ってね。僕がなんでも作ってあげるよ。甘いものは好き? 辛いものが好きかな? 君の好きなものをおしえて」
今まで何人もの女の子を落としてきた笑みを浮かべると、リーナちゃんは少し困ったように笑った。
「お気もちだけ、いただきます」
「そんな! 女の子を甘やかすのは僕の楽しみなのに!」
「・・・もうしわけありません、ハリーさん。よかったらまた、おはなししてくださいね」
彼女がそう言った瞬間、僕の首は護衛の一人にガシッと掴まれてキッチンに連れ戻されてしまった。
「何をするんだ! 僕はもっと可愛い女の子とお話がしたかったんだよ!」
「ハリー。もっと命を大事にしろ。あの少女の事は何があっても守るように坊ちゃまから厳命を受けている」
淡々と言い放つと、護衛はさっと姿を消した。
え、なに、僕結構危険な事をしていたの?
「えー・・・僕、危険人物だと思われたの? そんな、攻撃を受けるほど?」
ちょっとショックだったけど、次は気をつけなくちゃ。
さっき笑ってくれたし、きっと嫌われてはいないと思うし!
うん、彼女が好きそうな甘いお菓子を作ってあげて、それからさっきのことを謝ろう!
僕はそう決めてエプロンを再びつけた。
彼女はどんなものが好きだろう。そう考えるだけでとても楽しくなってきた。