効果絶大
「ヘスティア様、お見事です」
ネッドが手放しで褒めることは滅多にないから、きっとすごい事なんだろう。
「ヘスティア・シュタインフェルト公爵令嬢か。四大公爵がシュタインフェルト家の至宝と伝わる女性だ。かの家は多くの寄付をくれるからな、神殿としても無視できない」
以前オウジサマが接触してきてから、ネッドが心配していろいろと調べてくれた情報の中に彼女の名前があった。
まるで百合の花のように凛とした美しいご令嬢。頭もよく、決して出しゃばることもない。家柄も釣り合うし、オウジサマにとってこれ以上なく都合のいい婚約者。
しかしもともとシュタインフェルトは代々騎士の家系で、男女ともに脳筋。強く美しいことが正義であり、悪に対して容赦しない。
強さ=美しさ。それがシュタインフェルト。
今この場で最も味方に引き入れたい人物だ。
「ヘスティアさま、どうかお助けください。わたくしは異世界より参りました。でもこの世界で家族を得たのです。わたくしは家族のもとに帰ると決めています。今は、スタンピードの影響で離れ離れですが、今年の星祭りが終われば帰ることができるはずだったのです」
両手をきつく握りしめ、彼女を一心に見つめる。心は女優だ。
「彼女の言うことは事実です。ヘスティアお嬢さま。彼女は僕が見染めた相手であり、ベルノーラ商会が誇る才女。殿下の保護下に入る必要もなく、すでに王妃様が後見を務めると一筆頂いております」
聞きなれた声に驚いて、ウソ泣きすら止まってしまった。
「アレク・・・」
「ごきげんよう、リーナ。こんな時間に連れてこられて怖かっただろう。もう大丈夫だよ」
「アレクセイ、君は私の部下だろう!?」
「さようでございます。ですから、最も殿下の傍にいる身として、殿下の過ちを正さねばなりません。僕は今回の一件の責任を取り、職を辞するつもりです」
え、アレク騎士やめちゃうの?
「もともと僕は彼女を守りたかった。ですが殿下は彼女を強引に奪おうとなさる。僕はもう、王族に忠誠を誓えません。最後のお役目として、殿下の過ちを正します」
「なんだか格好いい事言ってるけど君ね、本音はさっさと田舎に引きこもるつもだろう!?」
「なんのことやら」
アレクセイの笑顔がなんだか黒いわ。やっぱり城勤めって大変なのね。
「殿下、つまりこの方は王妃様の庇護下にいらっしゃるのでしょう。すぐにでも開放なさいませ」
「断る。僕は彼女たちを守る」
「頼んでないぞ。俺はすでに自立してる。どうしてもってんなら、俺はこいつを連れて逃げるからな」
どこから取り出したのか、ロープを一本取り出すと、なぜかわたしの体に巻き付けはじめた総一郎。何がしたいのかしら?
「じゃ、シュオン様、あとはよろしく、ネッド、あんたは背中を任せるぜ」
え?
「じゃあな、アレクセイ」
「ああ」
ええ? なんでわたし、米俵みたいに担がれるの?
一言も発することができないうちに、わたしたちは外に出た。最後、一瞬だけアレクと目があった気がした。
みんなの前では飄々としていた誠一郎も、本当は余裕がなかったのか汗だくになって怖い顔で走り続けている。途中で何人かの騎士が静止を呼びかけるが彼の足が止まることはなかった。
「俺たちを攻撃することは許可されないはずだ」
「どうしてわかるの?」
「以前、下手に異世界人を怒らせた国があった。その国はすぐに滅んじまった。俺たちには本来過度な接触は控えるように国の重鎮は言われるらしい。うちの隊長が言ってたから間違いない」
はっ、はっと荒い息を吐き続け、それでも足を止めない誠一郎の後ろでは、ネッドがまわりに注意しながら時折どこかに何かを投げていた。
「上から狙ってくるやつがいるな。俺に任せろ」
「頼む!」
いや、めっちゃ狙われてるんじゃん、わたしたち!
「俺たちを傷つけないように眠らせる方法はいくつかある。眠り薬でもまかれると面倒だからな」
王宮怖いわー。
「これからどこに向かうの?」
「とりあえず俺の職場。あそこの地下牢今一番安全だから」
逃げるにしても地下牢って・・・むしろつかまりに行くようなもんじゃん。
「実はスタンピードにそなえて、地下にいくつかの道を作ってあるんだ。そこを通ればどんな場所にも出られるぞ。もともと王サマに何かあった時用の脱出ルートも兼ねてる。俺がここに来れたのもその道のおかげだ」
それはバラしちゃダメなやつでは!?
「いいですね。今度教えてください」
「やなこった。俺が上司に怒られるじゃねえか」
軽口をたたきつつ、深い森の中に入ると、あたりを一度確認して木の幹にわたしを下ろした。
「いいか、しっかりつかまってろよ」
嫌な予感しかしないと思った瞬間、ガタンと音がして背中からどこかへ真っ逆さまに落ちた。
「みぎゃっ・・~~~~っ!」
舌噛んだ! 痛い!
すぐにどすんと音と振動に襲われたけれど、わたしはしっかりネッドと総一郎に抱き留められていて、思ったより衝撃はなかった。
「んじゃ、いくぞ」
口の中が血の味がして気持ち悪いと訴えたのは、しばらく彼らが暗い道を走ってからだった。




