婚約者を怒らせるのは自殺行為 sideイロアス
私が彼女と婚約したのは七つの時だった。それから十年の仮婚約時を経て、十七の誕生日に正式な婚約者となるべく婚約式が開催された。本来ならば二年間ののちに結婚となる。
もうすぐ、その約束の日も近い。
だからこそ、婚約者殿は城に泊まり込んで式の準備にいそしんでいるはずだった。
毎日花束と一緒に簡単な手紙を添えて、彼女のためにいろいろと準備させていた。
ここ数日は顔を見ていないが、彼女と結婚したら暮らすための部屋も用意してる。王位継承四位の位では、ずっと城にはいられない。
しばらくしたらこの城を出ていかなければならない。
王都しか知らない籠の鳥を、どうやって守るのか。それを考えていた時、二人の異世界人を見つけた。
もともと目を付けていた二人だったから、調べたら簡単に分かった。決定的だったのは諜報を放った今日の会話だ。
諜報に長けた部下からの報告で、これ以上なく歓喜した。
この二人、またはどちらかの後見人になれば、王城に居続けることができる。
彼女を小さな屋敷に閉じ込めることもなく、いつまでも暮らしやすいここに居られる。
これは二人の未来のためだ。それに異世界人だって王族の後見人がつけば、下手に貴族たちから手出しされることもないから安全だ。
彼らが望むことはできる限りしてやろうと思っていた。
それなのに。
「ヘスティア? なぜここに・・・」
「殿下、これはどういうことですの」
輝く金髪を一つに束ね、いつだったか私が送ったパールの髪飾りを付けていた。普段は静かな湖のように凪いでいるオリーブ色の瞳は、今は怒りからか深い色に変わっていた。
豊かな胸元には髪飾りと同じパールのネックレス。これは彼女が十五歳の誕生日に揃いで作らせたものだ。
白いレースの手袋越しに握る黒い鞭。いや、なぜ鞭。
「ヘスティア、落ち着きなさい。お客様の前だよ?」
「ご説明くださいませ、イロアス・バーンスタイン殿下」
ああ、彼女が私をこう呼ぶときはとても怒っている時だ。
バーンスタイン公爵令嬢だった母のファミリーネームは、城で私が名乗っているものだ。王家の名をそのまま受け継げるのは王太子のみという我が国の法で、私は普段母の一族の名を名乗ることになる。
「いや、彼らは特別な方たちでね」
「お助けくださりませ、ヘスティア・シュタインフェルトさま! わたくしはリーナ、この方に無理やり連れてこられましたの!」
ちょっと!?
「わたくしが帰りたいと言っても、返してくださいませんのよ。そのうえ、わたくしの家族に罰を与えると言って・・・」
うう、とわかりやすいウソ泣きを始めた少女に驚いて声を上げる。
「待ちなさい、君、そんなキャラじゃないだろう!?」
「殿下」
あ、何だろう、とても部屋が寒い・・・
「なんてことを。こんな幼い方がお好みだったなんて・・・わたくしを欺いていましたの?」
「ちょっと待ちたまえ、君のことはちゃんと愛しているよ。彼女は本当にただのお客で・・・」
「このような夜更けに招くようなお客様ですの?」
いやだって、他のヤツに先を越されたくなかったし・・・
「いや、あの・・・」
「殿下、この方たちはどなた様ですの」
「おー、浮気を見咎められる男の図ってダサいなー。あんたのオウジサマはいたるところで女に手を出しまくる節操なしだぜ。結婚を考えてるんなら考え直すことを進めるよ」
いやあれは据え膳食わぬは男の恥というものでね、違う。そうじゃない。
「へ、ヘスティア、落ち着きなさい。鞭をこちらへ」
ヘスティアは一度右腕を肩の高さまで上げた。すると鞭がしなり、近くに飾ってあった花瓶を破壊した。
散らばる水と花と、そして割れた花瓶。
何これ・・・




