身に着けた仮面 sideイロアス
その少女は、深夜だというのに清廉な空気をまとい、凛とした表情で私を見た。
「やあ、急に呼んで悪かったね」
未婚の女を自室に招くことはないので、離宮の一つに案内させた。
この離宮には小さいパーティーを開くこともあれば、部下たちの要人警護の練習の場になることもある。あまり大っぴらに出来ない事件を処理するための場所でもある。
地下二階にある牢屋は多くの貴族が収監された過去もある。貴族用なので牢屋と言っても広く美しい造りになっているが。
「・・・殿下、ご無沙汰しております」
パーティールームで互いにニコニコと笑顔を浮かべているが、彼女の後ろに立っている男たちは不機嫌を隠しはしない。こんな場所で心を現すなんて愚かな連中だ。
「君に関して無視できない報告が上がってきたんだ」
「まあ。朝まで待てないなんて、殿下はとてもあわてんぼうさんですのね」
こんな時間に呼び出してんじゃねえよってところか。分かりやすい嫌味をくれるものだ。
「居ても立っても居られないよ、君のような異世界人を保護するのは私たち王族の責務だ。ああ、もちろん、もう一人の彼も今招待に行っているよ。なぜか憲兵隊の地下牢に入っているらしいんだけど、理由はご存知かな?」
本当に、どうして地下牢にいるんだ。もう一人の男は・・・
報告に来た部下が泣きそうな顔で、今忙しいと怒鳴られたあげく追い出されたと報告してきた。あいつは減給ものだな。
ちなみに理由は、元勇者と地下牢にてボードゲームの最中らしい。
本当に意味がわからない。
「さあ、ご本人に聞いてくださいませ」
私が異世界人のことを持ち出しても顔色一つ変えない。やはり見た目通りではないのだろう。
「街の中までネズミを放っていらして、殿下はたいそうお忙しいのでしょうね」
「君は特別だからね。ああ、アレクセイのネズミとはまた別だから気にしなくていいよ。私は忙しいから、必要な時にしか放たないようにしているんだ」
ちなみにアレクセイはこの少女の行くところすべてに手足を放っている。その執着ぶりは私ですらゾッとするものがある。
「そんなにもわたくしを気にしてくださってありがとう存じます。殿下が幼い娘を好む方とは存じ上げませんでしたわ。ですから、今でも未婚のままなのかしら?」
「人を変態みたいに言わないでくれないかな?」
「まあ! 違いますの?」
この女、いけしゃあしゃあと。
「違うよ。ちゃんと婚約者もいるから」
「わかりますわ。恋愛と結婚は別という考えは珍しくありません」
「ちょっと、全然わかっていないよね?」
「大丈夫ですわ。変態さんは殿下が初めてではありません」
いけない。この女の前だと私も我慢ができなくなりそうだ。瞼のあたりがピクピクと震えているなんて信じたくない。
「今はそんな話ではなく、君を保護するという話だ」
「お断りいたします。聞けばこの国は、わたくしたち異世界人を殺してきた歴史があるそうですね。そのような危険な環境に身を置くほど愚かではありませんの」
「君は勘違いをしている。確かに昔の王侯貴族は君たちに対する扱いを間違えてしまった歴史がある。だが、決して死なせたかったわけではないんだよ。我々は常に君たちの幸せを考えている」
「異世界人の知識や技術が欲しいならば素直にそう仰ってはいかが? 殿下はわたくしの幸せを口にしながら、まるで拉致するようにここに連れてきた。そんな方のお話をどうして信じられるのかしら?」
朝まで待てなかった理由はただ、他の王侯貴族に出し抜かれたくなかったからだ。異世界人の価値は図り切れず、その知識や技術を欲しがる者は少なくないのだ。
子どもならば尚良い。何故ならば長生きしてくれるし、幼い頃から恩を売りつけておけば勝手にそれを返そうと努力してくれる。
だが、それは見た目通りの年齢ならば。
彼女は以前確認した通り、見た目通りの年齢ではない。思考も行動力も我々を遥かに凌ぐ。下手に扱えない相手だ。
「素直に言えば、私は君みたいなじゃじゃ馬を傍におきたくない。だが君の知識は貴重だ。それだけは欲しい」
「本当に素直になりましたね。下手な仮面よりは好感が持てますわ」
「君がいればアレクセイは勝手に頑張るだろうし、田舎に家を買うなんて馬鹿な夢を捨ててくれるだろうし」
もう本当に、アレクセイがここ最近領地を欲しがって困る。そうかと思えば住みやすい街の情報まで真剣に探しているし、昨日なんて、ここを辞めるのにはどのくらい前に言えばいいですかなんて・・・泣きたい。
「殿下がアレクを大事に思ってくださるのは理解しました。しかし彼をつなぎとめられるかどうかは、あなたさま次第でございます。王族たるもの、甘えたことを言わないでくださいませ」
「君、さっきから不敬だよ」
「では殺しますか? わたくしたち異世界人にはギフトがありますのよ」
「君は殺せなくても、後ろの子は殺せるよ?」
少女は笑みを深めて頷いた。
「ねえ、ネッド」
「はい、お嬢さん」
さて何を言い出すのかと思い見守っていると、この二人はまるで天気の話でもするように軽い口調で言葉を交わした。
「わたしくしのために、死んでくれる?」
「もちろんです」
「ああもうっ、なんなの、君ら! 今時騎士だってそんな軽く頷かないよ!?」
思わず叫んだ私は悪くない。周りの護衛たちもドン引きだ。なぜかシュオンだけが呆れた顔を見せる。それが二人の本気度を示しているようで、まさかと思う。
「俺にとってはご褒美みたいなものなので」
「意味がわからない!」
何を言っているんだ!?
「だって、俺がお嬢さんのために死んだら、お嬢さんは一生俺のことを忘れられないでしょう? しばらく俺がお嬢さんの心を占めるんですよ。そんなの最高じゃないですか」
「気持ち悪い!」
えっ、なに!? 私がおかしいのか? この男が心底気持ち悪いんだけど!?
「君、よくこんな男を傍に置いておくね!?」
「まあ、ネッドですからね」
どういう意味?!
いけない、こいつらのペースに流されてはいけない。心を落ち着かせないと・・・
「お嬢さん、とりあえずこいつら殺してからでいいですか?」
「いいわけないだろうが!」




