深夜の来客は迷惑です
少し前まで激しく降っていた雨がようやく落ち着いたのは先ほどのこと。
昼から降り出したそれは、風を伴ってまるで台風のようだった。
ネッドに起こされるまでもなく寝付けなかったわたしは、普段よりもずっとピリピリしている彼を横目に、素早く着替えて食堂に降りる。
「こんな時間だもの。別に簡単なワンピースでいいわよね」
「はい、必要ならばあちらがご用意くださいますよ」
殺意が目に見える形ならば、彼の手には大きな剣が握られて、今にも相手を切り殺すだろう。
急な来客を告げられたのはおよそ十分前。宿の主人が困ったような様子で部屋のドアを叩いだのだ。
わたしを迎えに来たのは第四王位継承権を持つ王族だそうだ。明らかに以前会った男に違いない。相手が相手なだけ、宿の主人は逆らえなかった。
くしくも時刻は日付が変わったばかり。
眠いふりをして、ぼんやりした視線を投げかける。
黒づくめの重たいマントは水を大量に吸ったのか、ぽたぽたと水滴を下に落としている。
人数は三人、以前ネッドに倒された男たちだった。
宿の外で馬がいなないたので、おそらく外にもこいつらの仲間がいるのだろう。
「このような夜更けに、どのようなご用件かしら?」
「それは殿下がお話になります。我々にはお答えできませぬ」
ああそうかい、心の中で毒づくぐらいは許せ。
「ネッド、とりあえず行きましょう」
「招待はお嬢様おひとりです」
すかさず騎士が口をはさんだ。よほどネッドに来てほしくないのだろう。その眼には苛立ちが浮かんでいる。
「わたくしの従者が同行しないのであれば、わたくしも参りません」
ネッドを一人にするとか狂気の沙汰だ。少なくとも彼は近くにいてもらわないと。どんなふうに暴走するかわかったもんじゃない。
「・・・その従者は危険です」
「だからこそ、わたくしが手綱を握っているとわかりませんか。淑女の部屋を訪ねる時間ではないわね。ネッド、お帰りいただきなさい」
「我々は殿下の命を受けております」
話が平行線になりそうだ。
「わたくし、ネッドよりも弱い方についていくなんて出来ないわ。なにより、あなたの主の命だというのであれば、あなた方の行動は全てその方の評価につながると自覚なさったらいかが?」
イラついたのか、三人のうち手前に立っていた男が一歩足を踏み出す。その瞬間ネッドが音もなく男を投げ飛ばした。続いて残りの二人が剣を抜くと、見えないほどの速度でネッドに切りかかった。
「おやめ、駄犬ども!」
思わず怒鳴ると、宿の他の客たちがなんだなんだと部屋から出てきた。
男たちが慌てて部屋に戻るように言うと、相手が騎士と気付いた人から戻っていった。
こんな時間に、本当に迷惑な客人だこと。
「あなた方の要求は理解しました。しかし先にも申し上げた通りわたくしは従者が同行しない限り参りません。いくら王位継承の順位が上だとしても、現状一位ではありません。これは問題になりますよ」
ひたと見据えれば男たちがわずかに目配せし合う。そういうところは二流だな。敵に動揺を悟られるなんて。
「わたくしを連れていきたいのなら、わたくしの従者への無礼は許しません。ご主人、神殿のシュオン様に伝令を頼めますか。わたくし、シュオン様とは個人的にお付き合いがございますの。わたくしと、従者と、シュオン様の三人で参ります」
「増えているではないか!」
「わたくしの従者に暴力をふるったのはあなた方ですわ」
「我々を投げ飛ばしたのはそっちだ!」
言った後で恥ずべき失態だと気付いたのだろう。ハッとして口をつぐんだ。
宿の主人が十歳くらいの少年に何事か伝えると、彼は大急ぎで裏口へ回った。
「神殿を敵に回す覚悟がおありなら、わたくしを今、連れだすがいいわ」
男たちはそろって苦虫を嚙潰したような顔でわたしを睨む。それを遮るようにネッドがそっとわたしを背にかばった。
それからしばらく緊張状態は続き、どのくらい経っただろうか、宿の裏口から泥だらけの少年がシュオンの手を引いて飛び込んできた。
深夜だというのにしっかり神官の格好をしている。
シュオンはすぐにわたしの前まで来ると、安心したように微笑んだ。
まるで春になって分厚い氷が解けたような暖かな笑みだった。




