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これは優しいお話です  作者: aー
   二度目の王都
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終わることのない悪夢

「まず、元勇者の件だが、俺の前では憲兵隊の中では口外禁止となっていた。俺が居ないところでは結構話に上がるらしい。理由は、俺が黒い髪で黒い目をしているからだ」

 ネッドが、でしょうねと小さく呟いた。理由を知っているらしい。ちらりと見上げたが視線が合うことはなかった。

「どういうこと?」

「あの男は悪夢に苦しんでいるらしい」

 総一郎の話はこうだった。

 旅を終えて帰ってきた彼は、日に日に様子がおかしくなったそうだ。

 帰還式典が盛大に行われ、本来ならば昇進して将来を約束されたはずだった。

 大変な旅を終えた彼らには特別金が支払われたし、それとは別にボーナスも出たそうだ。

 彼はそれを受け取ると力なく笑った。

 そして数日後、彼は職を辞した。

 理由は酒が原因で朝が起きられなくなったからだ。またそれにより著しい体力の低下。憲兵隊は肉体勝負だ。街中で起こるいざこざに対応できなければ命に係わる。

 最初はパーティー続きで疲れていたんだろうと気にしなかったが、悪夢のため眠れなくなった彼は酒浸りになった。周囲が気付いたときはもう手遅れだった。誰の言葉も彼は聞かなかった。そして勝手に仕事を辞めたのだ。

 彼の上司は何度も話を聞きに行った。最初の頃は話してくれなかったが、酒に酔った彼はある日口を開いた。

 とある森で少女を捨てた。拾ったばかりだった。自分たちが助けなければ死ぬとわかっていた。それでも彼女を連れてはいけなかった。恐ろしかった。

 黒パンを一日分渡し、あの場所に置いてきた。

 それからだ。いつまでたってもあの黒い目が俺を追ってくる。俺を責める。忘れられない。あれは人間じゃない。きっと魔物なのだ。だから俺を追ってくる。

 そう何度も繰り返したそうだ。それから彼は黒い色を極度に恐れるようになった。

 総一郎が入隊したときは、隊員が全会一致で彼の存在を隠すことを決めた。

 そうでなければ酒におぼれた彼がどんな行動を取るかわからなかったから。

 黒い宝石をちらと見ただけで半狂乱に陥るほど、彼の心を蝕んでいるのだ。

「すごいトラウマなんだね」

「他人事かよ。とにかく、あの男の前で黒は禁止なんだよ。でも今回お前と出会っちまった。隊長が言うには、確信が持てないがお前があの時の少女と似ていることを気にしているようだ。もう一度会っちまったら、おそらくあいつは死を選ぶだろうってな」

 総一郎も大概他人事だと思うが・・・

「でも、その人は普段引きこもりなんだよね? なら別に気にしなくても良くない?」

「いや、それがな。そろそろあいつを外で生きられるようにしろって王族や一部貴族が騒いでいるらしい。なんせ腐っても元勇者だからな」

 あらやだー。面倒ね。

「へえ、で、わたしにどうしろって?」

「憲兵隊にはこういう決まりがあるんだが」

 総一郎はもったいぶって一度言葉を切ると、真剣な顔をして早口で言った。

「苦手はどんな手を使っても克服しろ」

 ・・・なんて?

「食えないものがあるなら椅子に縛り付けて食わせるし、犬や猫が怖いってんなら檻の中に一緒に閉じ込めて見合いをさせるし、魔物が怖いってんなら魔物を狩れるまで危険地帯を歩かせるし、嫁が怖いなら土下座させるのがウチの流儀だ」

 意味がわからんと首をかしげると、ネッドが鼻で笑った。

「そんなこと、どこでもするでしょう」

 しないよ!? え、うそ、しないよね!?

「というわけで、俺はこれから荒治療に付き合ってその男に会いにいってくる」

「それは、その人が大丈夫なの? 混乱のあまり総一郎を襲ったりしないかな?」

「大丈夫だ。便利グッズをいろいろ借りてきた」

 総一郎は嬉々として警棒っぽいものや、丸いお餅みたいな形状の殺虫剤っぽいものや、スタンガンのようなアイテムを取り出した。

 まって、殺虫剤はまずいと思う。

「ぬるいですね、これも持っていきなさい」

「ああん? これは大型の魔物でも一瞬で死んじまう劇薬じゃねえか、人間相手に使えるかよ」

 その殺虫剤は!?

「ああ、これはあの男の部屋の主を殺すためのものだ。めっちゃ汚いらしいからな。よく出るらしい」

 そのヌシとやらは黒いのではと言ったら、この国ではたいてい茶色らしい。どちらにせよ見たくない。

「・・・絶対入りたくないわ、そのお部屋」

「俺だって嫌だよ」

 わたしたちは向き合って深く頷き合った。

「その治療はいつまでかかるのですか?」

「あー・・・基本は完治するまで。今日はこれから様子見で、一人じゃ、無理だったら地下牢にぶち込むから時間かかると思う。まあそうなったらまた知らせる」

 治療で地下牢・・・憲兵隊のイメージがどんどん変わっていくわ・・・

「ぜひお願いします。・・・あなたは苦手なものはなかったんですか」

「俺? あっても言わねえよ?」

 たいへん素敵な笑顔でした。




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