ネッドだって心配するんです
ネッドがおかしくなった。
一日中ピリピリしているし、わたしに誰かが近づこうものなら分かりやすく牽制する。
それが総一郎であっても。
「ネッド、何がそんなに心配なの?」
「あなたがついに、もう一人の勇者に出会い、あまつさえ会話したからです。もし相手があなたに気付けば、次はどうなるかわからないんですよ。俺が調べたときは憲兵としても人間としても終わっていたので放置しましたが、こんなところで出てくるなんて」
今なんて?
「人としても終わっているの?」
「よくあることです。ダメ人間が酒におぼれてさらに腐っていくことは」
よくあることなのか・・・
でも私の中の記憶は、最後にパンをくれた人ってだけなんだけど。
「あの森の中でまともな精神を保つのは難しいのでしょう? 仕方がなかったのよ。それに今のわたしはこうして元気だわ」
むしろ顔も思い出せない。先日助けてくれた人は元勇者だって言われても、なんだかピンとこないのだ。
だってわたしが覚えているあの人は、あんなに薄汚れていなかった。
この数年間で何があったのだろう。
「その件なんだが、ちょっといいか」
宿に総一郎が訪ねてきたのはそんな時だった。
昼下がりに雨が降り空には虹がかかっているのに、部屋の空気はこれでもかと悪い。
宿の女将さんが気を利かせてお茶を人数分淹れてくれたので笑顔でお礼を伝えると、通夜のような空気がすぐに戻ってくる。
「ソウ、今は来ないでくれと言ったはずです。何をしに来たんですか」
「だから、お前がこいつを軟禁しているから何とかしようとしてんだろうが」
「やはり王都は危険だ」
「ちょっと落ち着け。お前の心配をなんとかしねえと、こっちも気になってしょうがねえんだよ」
わたしの話をしているはずなのに、まるで誰か別の人の話をしているような空気が嫌だ。総一郎がお土産に持ってきた焼き菓子を一人で食べていると、呆れたような視線が飛んでくるが無視だ。
「総一郎、この焼き菓子美味しいわ。どこの?」
クルミと赤い木の実が練りこんである焼き菓子は、口に入れた瞬間香ばしい香りがふわっと広がる。しっとりした木の実の甘さと、カリッとしたクルミの甘さが面白いし美味しい。
「今度教えてやるよ、お前が宿を出られたらな」
「大丈夫よ、あと数日なら軟禁されてもいいわ。それでネッドの気が済むならね」
それよりアーシェがそろそろ限界ではないか。
あの事件の次の日、わたしはネッドに外出禁止を言い渡された。理由は危険な人間と接触したからだ。
なんなら今すぐ王都を脱出しようと提案してくるネッドをなだめ、数日大人しく軟禁されている。まあここのところ毎日雨が降っていたから丁度良かったんだけど。スコールって結構やっかいなのよね。
そして問題はアーシェだ。彼は毎日会うことを条件にいろいろと許してくれたのに、ネッドがそれすらも拒否している。宿まで直接訪ねてくれれば会えるが、わたしから会いに行くことはなくなった。
わたしとしては別にいいのだけど、昨夜はついにネッドとアーシェが大喧嘩する声が宿に響いたのだ。
「こいつにしては余裕のないことだ」
「当たり前だ」
吐き捨てるような言い方に驚きつつ、そっと彼を見上げた。
ネッドは三人の勇者の中で、とくに憲兵の彼を酷く毛嫌いしているようだ。理由はわからないけれど、全身で怒りを伝えてくる。
「ネッド、ちょっとだけ総一郎の話を聞きたいわ」
だって聞かなければ何もわからないではないか。
ネッドはしばらくわたしを見て、それからぎゅっと一度目をつぶり、何かを我慢するように小さく一つ頷いた。




