ワイズ
ワイズは良い人だと思う。
ギルドからお屋敷までは徒歩でおよそ三十分弱だった。これは私に合わせているからであり、本来ならもっと早く付くのだろう。
彼は私の歩くスピードに合わせてくれて、なおかつ無駄と思える話はしなかった。
そこは、御屋敷といっても過言ではない程デカかった。
二階建ての建物は煙突が二本も立っているし、太陽の光をキラキラ反射する透明なガラスがはめ込まれた窓がいつくも見えた。この世界では透明なガラスはとっても高価で、普通の家のガラスは曇っていることが当たり前なのに。
それだけで凄い財力を持っていることが知れた。
更にお庭にはたくさんの花が咲いていて、雑草もなく手入れが行き届いている。
ごくりと唾を飲み込んで、緊張を孕んだまま私は一歩を踏み出したのだ。
さて、エントランスを抜けた私は、まず最低限の礼儀作法を学んだ。
女の人の礼の仕方は何パターンかあって、最低限知っておいた方が良いことだけをまずは教えてくれた。足がプルブルするぐらい何度も腰を折ったけれど、とりあえずこれだけ出来れば大丈夫という程度に教えてくれた。
御屋敷の中では誰が相手でも練習だと思ってきちんと礼をしなさいと言われた。
たしかに練習あるのみだよね。
疲れたなと思ったらワイズが暖かいお茶を淹れてくれて、私は休憩をすることになった。
「おいしいです、ワイズさん」
「それはようございました」
しばらく私を観察していたワイズさんは、深く頷いた。
「ワイズさん。わたしは、ほかに何をすればいいのでしょうか?」
「本日はこの屋敷の事を覚えて頂き、次回よりメイド長について仕事を覚えて頂きます。休憩時間は四半時ごとに。合間にこの国の文字や歴史などをお勉強します」
一刻が二時間だから、三十分ごとに休憩時間があるのか。
子どもの身体だからとても助かる。
「わかりました。ありがとうございます」
「後で屋敷内をご案内いたします。こちらを自由にお使いください」
そう言って差し出されたのはノートと細い筆のようなもの。インクを付けて書くんだって。インクは持ち運べるよう小さいケースに入れてあるみたいで、筆自体も綺麗な青い色をしている。
「わが国ではこの様にインクを付けて文字を書きます。リーナさんのお国では如何ですか」
「わたしの国では、ペンのなかにインクがはいっていたので、インクを持ち歩くひつようはありませんでした」
「・・・ほう、それは、どのようにしてあるのでしょうか」
あれ。なんか食いついた? いやいや、ただのペンだよ?
「ペンそのものは、つつになっていて、中にインクがはいっているの。色もたくさんあって、お店ですきないろをえらべます」
「インクを選ぶ? それは必要な事ですか?」
「うーん・・・でもたとえば、女の人が手紙を書くとき、かわいい色があるとうれしいです。あと、お勉強のときも、だいじなところを別の色で書けばみなおした時に目につきやすいですし」
目からうろこという言葉が出てきそうな程目を見開いた彼は、もう一度深く頷いた。
この人の癖なんだろうか、納得した時に深く頷いているような・・・あれ? でもさっき、私がお茶を飲んだだけで頷いた様な・・・
「可愛いレディはここかい!?」
その時、銀髪の若い男が飛び込んできた。
驚いてカップを手放しそうになった私を、ワイドがさっと助けてくれる。
ありがとうワイズ。すごく素早い動きだったけど実は忍者とか言われても驚かないわ。
「ああ、なんて可憐なレディなんだ! 本当に可愛いじゃないか!」
なんか変な人が増えました。