忘れられない色 sideパルキ
朝方まで酒を飲んでいた俺は、うっかり酒を切らしてしまった。
まだ眠れそうにない。
仕方なく市場に酒を買いに行こうとしたら、通行人とぶつかって大事なもんを落としちまった。
「邪魔だよ! この酔っ払い!」
うるせーな、俺の金でどうしようが俺の勝手だろうが。
数年前、俺は勇者と呼ばれていた。
名誉職だ。今となってはなんの意味もない。
いや、そのおかげで年金生活できるのだから意味はあるのか・・・
元隊長からは職場に復帰してはどうかと何年も誘いを受けては断り続けている。
眠るたびにあの日の夢を見る俺は、もう普通の人間として生きることはできないだろう。
体が重い。横になると息苦しい。鼻をかむと血が出てくる。
どうしてこんなことになったのか。
俺だって、本当はこんな風になりたくなかった。
だが気付けば人として最低限の生活すらままならない。
日々悪夢に溺れ、それから逃げたくて酒におぼれ、体だってもう限界だ。
のろのろと手を伸ばす。酒の瓶は泥水の中で割れていた。安い葡萄酒が泥と混ざって気色悪い。
どうしたものかと途方に暮れていると、すぐ近くの下水道の出入り口が蹴破れた。こういうことをする人間は十中八九罪人だ。
どうせ下町で盗みを働いた馬鹿が憲兵に追われているのだろう。
体が動いたのは無意識だった。
本当は関わりたくなかった。
足がとっさに前に出て、飛び出してきた男の脛に当たる。何かを担いでいた男はそれを手放し、荷物のようなそれが俺の腕の中に飛び込んできた。
初めに見えたのは濃い茶色の髪。華やかな香りは生まれの良さを証明している。
こりゃあ、面倒なことになるぞ。
「なんだお前、攫われたのか」
俺の汚れたシャツを見て一瞬戸惑ったようだったが、荷物はすぐに表情を変えた。
目の色は多分、暗めの紺色か、暗めの茶色・・・間違ってもあの時の子どもの色じゃない。前髪が長くてよくわからないが、きっとそうだ。
そうであってくれ。
それなのにどうして俺はあいつを思い出すんだ。
「金持ちの嬢ちゃんか、あんた、怪我は?」
「ないわ」
あの少女はこんなにスラスラ喋れなかった。だからこいつは、あいつじゃない。
「あなたは憲兵? 助けてくれたの?」
「元、憲兵だ。今はしがないダメ男さ。この変に家の鍵を落としてな。仕方ねえから探してんだ」
本当は酒だが。
「朝から飲んでたの?」
「昨日からだ。でもだいぶ抜けてるぜ」
小さな女が、まるで俺を困った人ねというような目で見てくる。
やめろ、去年死んだお袋を思い出すじゃねえか。
「まあいいわ。その人誘拐犯なの。捕まえるの手伝ってくれる?」
「ああ? んなもん、憲兵呼べよ」
「あなただって憲兵だったんでしょ?」
「今は退職してんだよ」
そうは言っても、せっかくなので逃げられないように腕を縛っておいた。おかげで俺は今半裸だ。
「ありがとう」
「おめえの親に弁償してもらうからいいぞ」
まあ、会うこともないだろうが。
「じゃあな」
この女は違う。
あの森で死んだはずだ。生き残るはずがない。だから、こいつは違うんだ。
何度もそう心の中で言い続けて、それでも言い知れぬ不安は俺をいつまでも離さなかった。




