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これは優しいお話です  作者: aー
   二度目の王都
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婚約者(仮)の提案 sideアレクセイ

「元気だったかい?」

 彼女に会うのは数か月ぶりだった。

 まさかとも思える行動力を発揮して壮大な家出を継続中のリーナは、私の目の前でニコニコ笑って新作のケーキを頬張っている。

 リーナが好きそうなフルーツたっぷりのケーキは王都でも人気で、朝から並んでも手に入るかどうかという代物だ。

 殿下の名前を拝借してようやく手に入れたそれを差し出すと、彼女は嬉しそうにありがとうと笑った。

 やっぱり可愛い。この笑顔を数か月も見られなかったなんて、私は一体何をぐずぐずしていたのだろうか。

「ええ、ご覧の通りよ。今朝ちょっと誘拐されたけど、怪我も特にないし、朝一で大衆浴場を貸し切りにできたから良い気分だわ」

 誘拐はちょっとじゃないと思うが、リーナの愛らしさは罪なので仕方がない。

「ずっと君に会いたかったんだ。でも会う勇気がなかった。私は君に何もしてあげられなかったから」

スタンピードの後、どう接すればいいのかわからなかった。どうすることが正しいのか、どうしたかったのかも。

「私は君と向き合う勇気がなかった。そのうちに君は出て行ってしまった。もう二度と会えないと思ったんだ」

 そんなリーナが王都へ来た。

「わたしも、みんなと向き合う勇気なんてもっていないわ。だってまだ子どもだもの」

「都合がいいね。子どもがこんなふうに逃げちゃうなんて、大人はどうすればいいの?」

「知らないわ」

 ぱくぱくと遠慮なく食べていくリーナ。

「で、今日はどうしたの?」

「君が好きだから会いたかったんだ。ダメだった?」

「わたしを好きなのは仕方がないわ。わたし、可愛いもの」

 リーナって、こういう女の子だったかな?

 今までどこかの国のお姫さまって感じだったリーナが、なんだか普通の女の子みたいになってしまった。それでも、可愛いなと思う気持ちは変わらない。

 なるほど、これが恋の病か。どんな彼女でも愛おしく思うのだ。

「・・・ねえリーナ、私は騎士団をやめて田舎に行こうかなって思っているんだ。よかったら一緒に行かない? 一代限りだけど自分の爵位ももらったし、貯金もたまったんだ。小さな家でも買ってさ、一緒に暮らさない?」

 リーナはその時初めて私の目をジッと見て、それからゆっくりフォークを置いた。

「悪くない提案だわ」

「でしょう? 動物も何種類か飼って、のんびり暮らそうよ。家はどんなのがいいかな?」

 ずっと考えていた。どうすればリーナが喜んでくれるだろうか。

 今、彼女に本当に必要なものは何か。それはきっと。

「でも、だめ」

「どうして?」

 ここはリーナが泊っている宿の食堂だから、ネッドさんは少し離れた場所に置きもののように立っているし、ソウがこっちを怖い顔で見ているし、全然甘い雰囲気でもないけれど、私はこの時間がとても幸せだった。

「だってアレク、あの殿下のこと結構気に入っているのでしょ? せっかくの花形だし、今、この国は落ち着いているわ。なら、もっと素直に仕事を楽しんだらいいじゃない」

「君との生活よりも?」

「そうよ、それにわたしにはまだ、やることがあるの」

 私たちはまるで内緒話をするように顔を近づけてクスクス笑った。

 最初から彼女の答えはわかっていたように思うから。

「そう言うと思ったよ」

 リーナはとびきり可愛い笑顔を見せて、そっと立ち上がった。

「また会いましょうね、アレク」

「また会おう、リーナ」

 彼女はひらりと手を振って、私の前から姿を消した。

 後姿をじっと見ていたら、ふいにソウが目の前に座る。残っていた私のケーキを無言で取り上げて、大きな口を開けて食べだした。

「美味しい?」

「まあな」

 たったの三口で食べきったソウは、リーナのお茶を勝手に飲んで立ち上がった。

「おいフラレ男。さっさと仕事に戻るぞ」

 ソウは、早朝ケーキ屋に並ぶ私を見つけて一緒についてきたのだ。どうしてそんなことをするのだろうと首をかしげていたら、アーシェ様と彼女の話を聞いた。

 アーシェ様って、女性に慣れていたはずなのに、リーナにはうまくいかないんだな。そう言えば、お前もだと呆れられた。

「リーナを心配してたんだ?」

「当たり前だろ。あいつのこと、まわりの連中は過信しすぎなんだよ」

 ふいに、彼は私よりもリーナのことを理解しているようだと思って、少し面白くない。

 けれど彼の言うことも正しいのだろう。

 私たちは彼女を過信していた。逃げられて初めて、そこまで追い詰めてしまったのだと知る。それがどれほど情けない事か。

「でも、田舎で小さな家を建てて住みたいって気持ちに嘘はなかったんだよ」

 何もかも捨てて、二人でやり直せたら。

 それはきっととても大変だけど、とても楽しそうだった。

「わかってるから、あいつはお前に笑ったんだろう」

 ほら行くぞ、遠慮なくつかまれた腕は熱くて、どうしてかわからないけれど、ひどく泣きたくなった。


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