全力鬼ごっこ
おかしい。どうしてこうなったのかしら。
「くっそ! あいつらっ、なんつー奴らだ! しつこいにもほどがある!」
王都は今日も快晴。心地の良い朝の風の中、わたしはなぜか男に米俵のように担がれ全身ゆられていた。
朝ごはん前でよかった。
以前王都に来たときは麻袋にいれられていたかったけど、今の体制もけっこうキツイ。というか、この男の体臭もヤバくて吐き気がする。
なんとか違うことを考えて気分を紛らわそうと少し前のことを思い出す。
せっかく王都に来たのだから、朝から満喫しようと最近は市場で朝食をとることも増えたわたしとネッドは、慣れた道を歩いていた。
途中でネッドがおばあさんに声をかけられ、それに対応している間に連れ去れたのだ。
もちろんネッドがすぐに連れ戻してくれると思い、大人しくしているわたしなのだが、いかんせんネッドが来ない。
どうもつい全力で追ったために憲兵に咎められ、逆に犯罪者扱いされているようだ。
ネッド、やっぱり人様のお宅の屋根に飛び乗るのはどうかと思うよ。
すぐに誤解は解けたのだけど、その間にみるみる距離が開いてしまった。
今は憲兵も協力してわたしとこの男を追ってくれているのだけど、どうやら城下町にたいそう詳しいらしい男は、まるでネズミのように壁の隙間をぬって逃げていく。
しばらくすると、どこかの建物の地下に入り、まさかの下水道っぽいところを通り始めた。
ちょっと、わたしに嫌な臭いがついちゃうじゃない!
口を開けば舌を噛みそうだし、何より臭いがきつすぎて鼻が曲がりそう。
どれだけ走ったのか、何度も転びそうになりながら男は足を進め、暗いトンネルみたいなところを通って外に出た。どうやら川につながっているらしい。空が見えた瞬間、がくんっと男が状態を崩した。
「うわっ!」
おおっと!
小さなわたしの体は宙を舞い、そしてもちろん落下する。
「ひゃっ」
絶対痛いやつ! ぎゅっと目をつぶり次の衝撃に備えるが、いつまでたっても来ない。
「なんだお前、攫われたのか」
知らないだみ声。でもどこかで聞いたことがあるような気がしてそっと目を開けると、よれよれの黄ばんだシャツ姿の男がわたしを抱きかかえていた。
シャツにはいつついたか分からないシミがたくさん。
「金持ちの嬢ちゃんか、あんた、怪我は?」
「ないわ」
反射的に答えれば、彼はわずかにふっと笑う。
「あなたは憲兵? 助けてくれたの?」
どこで会った人だろうか、どこかでこの目を見た気がする。
「元、憲兵だ。今はしがないダメ男さ。この変に家の鍵を落としてな。仕方ねえから探してんだ」
わずかにお酒の匂いがした。
「朝から飲んでたの?」
「昨日からだ。でもだいぶ抜けてるぜ」
確かにダメ男だ。でも悪い人ではないのだろう。
「まあいいわ。その人誘拐犯なの。捕まえるの手伝ってくれる?」
「ああ? んなもん、憲兵呼べよ」
「あなただって憲兵だったんでしょ?」
「今は退職してんだよ」
そういいながら男はシャツを脱いで誘拐犯の腕をそのシャツで縛った。
「ありがとう」
「おめえの親に弁償してもらうからいいぞ」
ちゃっかりしているわ。
こうして、よくわからない早朝全力鬼ごっこはあっけなく幕を閉じたのだ。
そのあとすぐに憲兵がやってきた。見知った人も何人かいた。もちろんネッドも。
助けてくれた男は彼らの到着を見て、何も言わずに去っていった。
「今の方は?」
「元憲兵だって、助けてくれたわ。ちゃんとお礼をしなくちゃ」
「よかった。ほかの憲兵に邪魔されたときは全員殺してやろうと思ったのですが、いい人もいるのですね」
ネッド、周りの人が怯えてるから程々にね。
「そうね・・・でも、あの人どこかで・・・」
「ああ、彼のことかい? 今はだいぶ風貌が変わったけど、有名人だからね」
わたしの怪我の有無を確認していた憲兵の一人が、頷いて教えてくれた。
「なんせ彼は勇者サマだからね」
それは、数年ぶりに会う相手だったのだ。




