アーシェが思うこと sideアーシェ
「それはあんた、俺があいつの家族で、俺があいつを危険な場所に捨てた張本人だって言いたいのかよ?」
「そうだ。違うのか」
確認がしたかっただけだ。不思議な雰囲気や、聡明そうな目元が似ていたから。
だが俺がそう頷いた瞬間、他の憲兵たちが武器を持って立ちあがった。
「あんた、俺たちの仲間が子どもを捨てるような奴に見えるのか」
「俺たちのソウは、生意気だが仕事はこれでもかって真面目にやるし、自分より弱いやつは絶対に酷いことをしない男だ」
「あんた、さっきから何がしたいんですか。小さい女の子泣かせたクソ野郎が、今度は僕らの仲間を侮辱するつもりですか」
殺気だった連中に、無意識に足が一歩下がった。
「侮辱ではなく確認だ。黒い瞳に黒い髪の民族は珍しいだろう。しかも二人はよく似ている・・・だが、無礼な物言いだった。謝罪する」
俺よりもなぜか驚いた様子の男に謝罪すれば、一瞬遅れて頷いてくれた。
「必ずリーナを連れてきてくれ」
「ああ、約束する」
彼は約束通りリーナを連れてきた。
そこで初めて、俺はきちんと彼女と向き合ったのだと思う。
「わたしは、街の人に石や暴言をぶつけられることには慣れていました」
そんなふうに慣れないでほしかった。
「だから、正直スタンピード後のみなさんの行動は、理解できないわけではないんです。馬鹿みたいだし、こんな美少女を前に魔物と混同するなんて、目の病気を患っているんだろうと思いますが、それも仕方がないんだと思います。よほど怖かったり悔しかったりして、誰かのせいにして楽になりたいという甘ったれた考えも認めてあげます」
ちょっとまて、お前誰だ。自分で美少女とかいうタイプだったか?
いや、もちろん可愛いが。
「わたしが気に入らなかったのは、わたしの居ないところで家を追い出す計画をして実行して、短い中身のない手紙だけでなんとか形を保とうとしたことと、赤ちゃんのことを黙っていたことです。アーシェさま、あなたも一枚かんでおられるのでしょう?」
むしろ俺が言いだしっぺですとか言ったら本気で嫌われるだろうな。
「わたしに失望されるのは結構ですが、あなたたちだって酷いではないですか。何も言わずに理解しろって、どんな暴君ですか。というかですね、出ていってほしいならちゃんと言葉にすればいいんですよ。保護だなんだと綺麗ごとを並べれば無罪放免とか思っていますか。その後お屋敷ではまるでわたしを隠すかのようにして!」
こんなにも感情を表に出すリーナは何年ぶりだろう。
おそらく、初めて出会ったあの日以来ではないだろうか。
それだけ彼女はいつも“良い子”であろうとしたのだ。まだ少女なのに。子どもなのに。俺たちがそうさせてきたんだと思うと、情けなくて泣きそうだ。
「あなたはあなたで、わたしを屋敷に閉じ込めようとした挙句の放置。放置って何ですか、せめて数日内にでもちょっと時間をとって話をしようとは思わなかったんですか。アレクもあなたも、わたしの部屋の前まで来てとんぼ返り。なんて軟弱なの!」
「お前気付いてたのか!」
俺だって何度も謝ろうと思ったんだ。だが眠っている子どもを起こすなと言われて何度も諦めた。
だからダメだったんだと今ならわかる。
「逃げることがそんなに悪い事なんですか、大旦那様にはきちんと許可を頂きましたし、逃亡資金はわたしの個人的なお金しか使っていません。ネッドの分もわたしが出しています。もちろん商会を頼ってもいません」
あいつ・・・いや、というかリーナ、今どのくらい資金があるんだ。怖くてきけないぞ。
「あの街にわたしの居場所なんてないじゃないですか。あと何年待てばよかったんです? あと何年、赤ちゃんのことを隠すつもりだったんですか? わたしが屋敷から出ていったから、二人は赤ちゃんと一緒に屋敷に入れたんですよね? わたしがいたら、二人はどこに行ったんですか? これで良かったじゃないですか」
そうだ、あの時点ではどんな道を選んでも、彼らとリーナが一緒にいる未来はなかった。
それでも。
「アーシェさま、わたしはもうすぐ十一歳です。わたしに、あの街に居場所はありますか? あなたは、こんな場所まできて何をしているんですか。わたしをどうしたいんですか?」
感情的になりすぎる己を、飲み物で誤魔化すリーナ。たった十一歳の女の子が!
「居場所は・・・・ない」
今もまだ、あの街にリーナの居場所はない。それでも俺は作りたい。この子が帰ってくる場所はあそこだけだ。
「だが、必ず俺が作り直して見せる。また最初からは難しいかもしれない。でも、きっとお前が帰る場所を守るから。だから一緒に帰ろう」
「いや、無理じゃないですか。まだ早いですよ」
冷静すぎるだろう!
「じゃあどうしろって言うんだ! お前のことが心配でラティーフもシシリーも気が気じゃないんだぞ! シシリーなんてずっと体調を崩していて」
「わたしにどうしろというんです」
「シシリーはもうずっと寝たきりなんだぞ!」
わずかに、リーナが動揺したように視線をさまよわせた。
「二度と会えなくなってもいいのか」
「どうしてあなたはいつも卑怯な言い方をするんです!」
卑怯だろうが何だろうが、お前を連れ戻せるならかまわない。
互いに睨みあっていると、さきにリーナが折れた。
「今、わたしの姿で戻ることはできません。あなたがここまで出てこられたのは街がある程度落ち着いたからですよね? 今戻れば、また街の雰囲気が悪くなるんじゃないんですか」
迷子の子どもみたいに視線をさまよわせて、小さな声で言う。
帰る、じゃなくて戻るって言葉を使うのは、お前にとってもうあの街は住処じゃないからか?
「・・だが、それでいいのか。いつまで俺はお前を待てばいい。シシリーが体調を崩したのはラティーフの後だったんだ。先にラティーフがダメになった」
リーナは驚いたように顔を上げると、不思議そうに聞き直した。
「なんで?」
「お前を家から出したこと、お前が夜逃げみたいに置手紙一枚残さず街を出たことを知って熱を出した。一晩中お前が街に戻るのを外で待っていたんだ。もともと足の傷で体調を崩しがちだったからな」
俺たちが気付いた時にはもう酷い熱だった。夜中にシシリーがギルドに飛び込んできて、それから俺は走った。すぐに見つけたラティーフは泣き崩れて一歩も動かず、どれだけ言葉をかけてもリーナの姿を探し続けた。朝方熱で意識を失うまでずっとだ。
ラティーフは俺にとって面倒見のいい友人であり仲間だった。実際年齢も近いしな。
常に冷静で、前の子どもを亡くした時だって一人で静かに耐えていた男が、初めて声をあげて泣いたんだ。
俺はきっと、その日のことを生涯忘れないだろう。




