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これは優しいお話です  作者: aー
   二度目の王都
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ちゃんと向き合うって怖いことだ

 この世界にやってきて、もう何年も経った。

 まだまだ体は小さいけれど、まあ順調に育っている。そっと胸に手を当てる。

「ここはもうちょっと育ちたいんだけど」

 隣で総一郎がぶほっと吹いたが気にしない。

「お前、人が茶を飲んでいるときに何を言い出すんだよ。この痴女が」

「酷いわね。わたしはもう少し立派なモノが欲しいと思っただけよ」

「・・・もう無理じゃね? ほら、あの自称お前のニーチャンならロリでも受け入れてくれんだろ」

 隣に座って、宿の人に淹れてもらったお茶を飲んでいた総一郎の足を思い切り蹴りつけた。

「ロリ言うな。あとネッドはそんな変態さんじゃないわ」

「・・・・・・・・そうか?」

 なんで言葉をためたのかしら。

 ここはアーシェが泊っている宿だ。総一郎は宣言通り夕方になるとわたしを此処に連れてきた。憲兵隊の隊長さんも穏やかな顔で私の前に座っている。

 アーシェは今取り込み中で、もう少ししたら戻ってくるとネッドが言った。そのネッドもどこかへ出かけていていない。おそらく商会のほうへ行っているのだろう。

 さすがに憲兵二名に囲まれて逃げられるほど、わたしは器用じゃない。

「で、お前はもういいのかよ」

「一応、王都へ来た目的ですもの。捕まってしまったなら諦めて向き合うだけよ」

 言うは易く行うは難しいのだが。

「ふーん。まあ、お前みたいなのは王都に居ないほうがいいと思うけどな。また港町に戻ったりしないのかよ。旨い海産物送れよ」

 たしかに食べ物はおいしかった。

「あなたが直接行けばいいじゃない」

「おう、俺は年を取ったら海が見える場所に住みたいんだ。毎日釣りして新鮮な魚を食べる。あー、それまでに醤油を見つけなきゃな。刺身が恋しい」

 この世界には大豆もあるから、醤油に似たものは作れると思うけれど。ただ作り方がいまいちわからないのが悩みの種なのよね。作ったら確実に儲かるはずなのに!

 それにしても素晴らしい笑顔で言い切った総一郎を、憲兵隊長が複雑そうな顔で見ている。

「アニキサスに気を付けて」

「なんて?」

「魚にいる寄生虫、間違って食べたら死ぬこともあるかも」

「まじかよ。どうすんだよ」

「凍らせるか、火を通せばいいよ」

 そんな会話をしていたらノックもなくアーシェが入ってきた。

 上座に座ると、なぜか一瞬腹を抑えてうめいた。

「・・・?」

 どうしたの?

「おや、アーシェ様。よろしければ商会秘伝のポーションを安く提供いたしますが」

「黙ってろ、ネッド。誰のせいだと・・・あと、なんで俺が買う側なんだよ、ただで寄こせよ」

「身内だとしても甘い顔を見せるなというのが教えでして」

 なんの話だ。

「そんなことよりも、まずはリーナと話をしたい」

「承知しております」

 淡々と返すと、なぜか深いため息が四つ。うん、四つ? なんで全員がため息をつくの?

「そういう威圧的なの、やめろよ。だからこいつが素直になれないんだろ」

「私もそう思いますよ、ギルマス」

 憲兵二人からたしなめるように言われたアーシェが、またうめいた。

「・・・アーシェさま、お体が辛いようでしたら無理をなさらないでください。ネッド、ポーションが必要なら商会かギルドで購入してきて。カードを渡すから、わたしの名前で引き落としてちょうだい。もし、わたしが逃げることを警戒しておられるのでしたら場所を変えましょう。憲兵舎には牢もございますから、わたしはそこに入ります」

 商業ギルドならギルドカードがあれば簡単に購入できる。これが冒険者ギルドとなったら本人確認されることがあるから面倒なんだ。

「まて、いいから、待ってくれ。すぐ収まる。あとこれはそこに立ってるヤツのせいだからお前は気にするな」

 ぎょっとしたような顔で手を振るアーシェ。よくわからないが、ネッドが何かしたらしい。ちらりと見上げると、目を細めてニヤリと笑う彼が居た。・・・うん、大人の事情は聞かないよ。

 ニッコリ笑い返して、それからまたアーシェを見やる。

 どこか痛いのかもしれないけれど、まあこれだけ喋れるなら元気だろう。

「それで、わたしにどのようなご用件でしょうか」

 いや、違うな。こんな話し方じゃダメだ。周りの男たちが全員微妙な顔をしてしまった。

 もう何か月も誰かとちゃんと向き合ってこなかった。向き合うって怖いことだ。いくつになっても慣れない。

 一瞬だけ目線を落として、それからもう一度アーシェを見た。

「アーシェさま」

「ああ」

 アーシェも、真剣な顔でわたしを見つめている。

 きっとここから始めないといけなかったんだ。引きこもったり、逃げたりするんじゃなくて、こんな風に顔を見合わせて。

 それがどれだけ怖い事でも、もう逃げていい段階じゃないんだって、アーシェは教えてくれているんだと肌で感じた。


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