頭ポンポンは照れるがクセになる
憲兵隊長のお部屋は書類が山になっていて、その山が部屋の至る所にあった。
一つ山が崩れると部屋から出られないから、絶対に下手に動くなよという忠告を受けたわたしは、年配のおっさんに頭をポンポンされながら椅子に座っていた。
総一郎は早々に部屋を出ていった。
「ほら、お菓子を食べなさい」
「うん」
以前何度か話したときは男の子の姿をしていたから、今のわたしを見て驚いたようだ。
「本当にソウと一緒の色だな。兄妹と言われたら信じてしまう」
「あんなにガサツなオニイチャンはいらない。さっき縄をかけられたのよ」
「しょうがないだろう。君の行動力は大人でも真似できない」
そうよね。確かに普通の十一歳ではないだろう。だからと言って女の子に縄をかけるとかどういう神経しているのよ。
今度もっとしっかり文句言ってやるわ。
「家に帰りたくないの?」
「あそこにはもう、居場所なんてないわ。知らないうちに妹ができていたんですって。わたし、教えてもらえなかった」
「君を驚かそうとしたんじゃない?」
「ううん。違うわ。違うのはわかる」
あの夜、二人はあえて私に言わなかった。それだけはなぜか確信が持てたのだ。
「じゃあ、言うのが怖かったんだろう」
「なんで? 大人なのに?」
もぐもぐ。このクルミとチーズの揚げ菓子、めちゃうまだわ。
どこで買ったのかしら。冷めているのに油っぽさがない。
「大人でも怖いさ。新しい家族ができるなんて大変なことだよ。まして君は義理の娘だってね? 君が寂しい気持ちになったり、新しい子どもを嫌いになったりするかもしれない」
さみしい? 嫌いになる?
うーん。確かにデリケートな話題なのかも。
本当の兄妹だって、兄や姉が、初めて弟妹ができるときは意地悪したり、母親から離れなくなることもあるって聞いたことがある。
自分だけをみてくれないと思って寂しいのかしら。
でもわたしは、精神年齢は成人しているからそんなことはないし。むしろ一緒に妹をお迎えしたかった。赤ちゃん見たかった。
ああそっか。一人だけ蚊帳の外にされたから悲しかったんだ。
もっと信じてほしかったのかも。
ずっと迎えを待っていたのだ。ずっと、帰っておいでって言ってほしかった。
アーシェだって、疲れていたのだろうし大変だっただろう。でもまずちゃんと話を聞いてほしかった。一方的に謹慎を命じるんじゃなくて、おかえりって言ってほしかった。
わたし、なんでこんなに上手くできないんだろう。
さっきアーシが言ったのは本当だ。不貞腐れて逃げ出して。ネッドを何か月も連れまわして。
子どもの盛大な我儘だ。
アーシェが怖い顔をするのも、わたしに失望するのも当然だ。
「嫌いになんてならないし、意地悪だってしないわ。わたし、ちゃんと知りたかったの。教えてほしかったの。だって家族だったもの。家族だと思ってたの」
でも違った。
「でも、頑張って帰ったら、なんか空気変だし。ご飯の途中で家を追い出されちゃうし、別の家に行けって言われても、まず説明して欲しかったし」
話がしたかったんだ。家族として、ちゃんと向き合いたかった。
だけどそんな時間もなくて。
「帰ってきてほしくないなら、それで良かったの。もういらないなら、出ていくわ。森で拾ってくれて、ご飯をくれて、大事にしてくれた時間は本当だったもの」
でも。
「だけど新しい家族のために、出ていけって言うならちゃんと言葉で言ってほしかったの。隠してほしくなかったの。大好きだったのに」
感謝していた。好きだった。
だけどわたしは選んでもらえなかった。
「・・・スタンピードは色々なものを壊す。だから起こさないために皆必死なんだ」
何の話だろう? 顔を上げると隊長は優しい目で私を見ていた。
「大事なものがたくさん壊れてしまう。壊れてしまえば元には戻らない。だけどね、人はちゃんと戻れる。君も、君のご家族も生きてるじゃないか」
また頭をポンポンされる。
「時間が必要だったのかもしれないね。君のご両親は。大人になればなるほど、心に余裕を持つことが難しくなるんだ。ただ、今は待っていてほしいと、君は言ってほしかったんだね」
優しい声と眼差し、それから大きくて暖かい掌が心地よくて、わたしはまた涙をポロポロ落としてしまった。




