アーシェとの再会
何を言うべきか迷ったが、とりあえずそっと腰を落として淑女の礼をとる。
「ご無沙汰しております。アーシェさま。ネッドは大旦那さまよりお預かりした護衛でございます。暴力はおやめくださいますようお願い申し上げます」
「こっちもあばらをやられたんだが・・俺は一発しか殴っていないのに」
知るか。
「それより、顔を上げろ。どうして俺からも逃げる」
「なんのことでございましょうか」
全力でしらばっくれるわたしは、言葉通り礼をやめてアーシェを見据えた。
まわりの憲兵が喉を嚥下させ立ち尽くす。
「お嬢さん、周りの方が驚いていますよ。お嬢さんはニコニコ笑ってないと近づき難いんですから」
「ネッド、後で報告を」
「承知」
「変装までして、そうまでして俺から、あの街から逃げたかったのか」
「変装したほうがネッドが不審者として通報されないんです」
むしろこれはネッドのためなんだ。だって確実に誘拐犯にされちゃう。まだ女冒険者と三人で歩いているときはいいけれど、二人きりになるととたんに誘拐犯疑惑を持たれるネッドは中々に哀れだ。それに王都にはわたしの信者も多い。
「・・・では、なぜ俺からも逃げる」
「わたくしは貴方さまを失望させた出来損ないです。逃げているというよりは自主的に謹慎しているようなものでございます。大旦那さまにはご許可を頂いております」
「俺に挨拶もなく、夜中に街を出ることがか」
ああこれはよっぽど怒ってるんだなってわかる怖い顔。あの時みたいな冷たい顔。
「あの街ではわたくしはいつ襲われるかもしれない恐怖を抱えておりました。街にいたほうがわたくしも、家族も危険でした」
「君の家族が危険だと承知で、君だけ逃げたのか」
ズルい言い方だ。普通の子どもなら泣き出すぞ。
「ええ、それが一番良い道でした。それに・・・・・わたくしを家族と思っているのでしょうか。わたくしは、あの時子どもがいたなんて二人から聞いておりません。食事をとる時間はあったのに、何度も手紙をやりとりしたのに。わたくしは一度も教えてもらえなかった」
「だから不貞腐れて逃げたのか。ガキだな」
淡々とした言い方だが、お互いが頭に血が上っているのだろう。睨み合えば総一郎が深いため息をついた。
「いや、つーかこいつはまだガキですよ。あんたも何大人げないこと言ってんですか。ガキが家に帰ったら家族がおかしくなってて、街の連中もこいつを化け物扱いして石とか投げるし、そりゃそんな心休まらない場所にいたいわけがない。あんた、こいつに何を期待してんですか。こいつが大人びてるからって何でも一人でこなせるわけじゃない。俺たちは黒い髪に黒い目をしてるが、ただの人間だ。あんたも、いい加減落ち着てくれ」
それから総一郎はわたしの縄を解いて、でもわたしの右手をとって歩き出した。
「ちょっとこいつを落ち着かせてくるんで、あんたは宿に戻っててくれ。俺が後で連れていきますよ」
「どうせまた逃げるんだろう。前回王都から逃げ帰ったように」
あ、まずい。
そう思ったときにはもう遅かった。
ぼろぼろ涙があふれて、でも手を取られているからぬぐうこともできない。
ざわっと何かが音を立てたような気がしたけれど、それが何かはわからなかった。
「あんたもう黙れよ」
総一郎の、絞り出すような低くて怖い声をはじめて聞いた。




