行き先を決めました
「現実問題として、ここの寒さは体にこたえるわ」
「現実を直視してくださってありがとうございます。同意見です」
「次の問題として、彼をどうするか」
「ハーバード家の元嫡男でしたら無視しても大丈夫でしょう。あれだけの物資を提供したのです。あとは本人に頑張ってもらいましょう」
相変わらずわたし以外にはとても冷たいネッドと話をしながら雑貨屋に来ていた。
ごちゃごちゃした店内には、旅のための道具から日用品、食品もあり、わたしたちの他にも三組のお客さんがいた。
「こちらの布は火鼠の衣を使っているので、温かくて軽いですよ。あと色が可愛いです」
「ネッドって何気に可愛いものが好きよね」
「ええ、お嬢さんを含めて好きですよ」
あらやだー、照れる。なんてじゃれあいながら旅の準備をしていく。
とりあえず王都までは戻ろうという話になった。出発は明日の朝。今日はもう移動を開始するには遅いらしい。
まだ昼前だが、距離を考えて少しでも安全な手段を取りたいと言われた。
「思い立ったが即行動できるお嬢さんを尊敬します」
「後でバントス一家にご挨拶にいきましょ。あと、ヒルマイナ様とジェスともきちんとお話ししたいわ」
「そうですね。バントス一家には世話になりましたし、手土産も用意しましょう。あ、お嬢さん。色はこちらの黄色がいいですよ。目立つので何かあってもよく見えます」
「ありがと。手土産はなにがいいかしら」
外套は着てきたやつがあるけれど、更に温かい手袋やマフラー、耳当て、子ども用の顔当ても買っていく。さすが雪深い街。子どもサイズのものもちゃんと打ってあって嬉しい。非常食も忘れない。
「お土産と言えば、王都へは何をお持ちになりますか?」
「重たいものは持てないわ。それに、まだ会うとは決めていないし」
ネッドは私の答えを聞いて、ちらりとこちらに目線をやった。
「もしかして、会うのが怖いですか」
「・・・・怖いわ。最後にあった時、とても怖かったもの」
「では、お嬢さんを連れて俺が逃げてあげますよ」
そんなことをしたら大変なくせに、とても静かな声が本心に聞こえた。
「王都まではもう少し悩むわ。それにしても、アーシェさまは王都になんのご用なのかしら?」
「スタンピードの報告でしょう。前回の時も確かギルマスが城に招かれて色々と調べを受けたそうですよ」
なるほど事後処理。管理職も大変ねー。
「ところで、旦那様とか、アーシェおじさまとは、もう呼ばないんですか?」
失望されたわたしを知っているくせに、意地悪だわ。
「もう、呼べないわ」
ネッドはわたしが選んだ商品をレジに持っていきながら、小さく頷いた。
「そうですか」
淡々としているのに、どこか残念そうに見えた。
「そうですか、王都へ。いえ良かった。ここの冬は長く厳しい。今のうちに温かい南へお戻りなさい」
「ええ。王都に用事も出来ましたので、とりあえず。温かくなったらまた戻ってこようかしらと考えているのよ」
「えっ」
まずは確実に捕まえられるヒルマイナ様たちに挨拶に来た。
ヒルマイナ様の嫌そうな顔が少し面白いから、本当に夏になったら戻ってこようかしら。
「ジェス。いいえ、ジェシー・ハーバードさま。どうかお元気で。また、お会いしましょうね」
「僕を・・・覚えていたのか」
「忘れていたわ。髪を切られたことなんて、わたしにとって大したことではないもの。それに、短い髪のわたしも可愛かったし。あなたはここで、わたしに親切にしてくださったわ」
これでもかと目を見開いた彼は、何かをうまく伝えられなくてもどかしいって顔をした。何を言われてもわたしの考えは変わらないのだけどね。
「僕を、許すのか」
「そもそも、もう怒っていないわ。あなたが愚かだったのは、ここ数年で嫌というほどわかったでしょう? ちゃんとわかった人に怒ったりしないわ。もし怒るというのならば、なんの権利もないくせにあなたを虐める連中ね」
ヒルマイナ様がうっと言葉を詰まらせた。ちらりと見やってこれでもかと深いため息をついてやる。
「ここは聖なる場所をうたっているくせに、か弱い子どもにまともな衣食住を与えないばかりか、臭いものにフタをするように奥の冷たい部屋に追いやって。周りの子どもたちはそれに便乗して偉そうな態度をとり相手を見下す。それのどこか素晴らしいのか理解に苦しむわ」
「お嬢さん、人にはいろいろあるんですよ。弱いものイジメは娯楽のない場所では遊びの一環なのでしょう。本当のことを言ってはいけませんよ」
あんたも中々の発言よ。
出された紅茶はたいして美味しくないけれど、とりあえず気分を変えるために一口頂く。
「あなたがここから出たいと望むなら、わたしに使えるコネをすべて使ってでも助けてあげる。こんな寒いだけの冷たい場所、もういい加減出てもいい頃よ。だいたいね、子どものやったことに大人げないったら」
「それを実行したのは大旦那様方ですが」
「お黙りネッド」
ちらりとネッドを見上げれば、なぜかとても楽しそうにニヤニヤしている。
最近本当にこの人のことがわからないわ・・・
「怒られた」
「どうしてあなたは怒られて嬉しそうなんですか」
ヒルマイナ様にまで引かれるって相当よ、ネッド。
「いえ、悪くないなと」
・・・深く考えてはいけない。変な扉を開きかけているネッドを無視してジェスを見る。
昔の面影なんてほとんどない。キラキラして綺麗だった髪は痛んでくすみ、目もいつも自信がなさげで下を見ている。ボロ雑巾みたいに変わってしまった。
前回会ったときよりは顔色がいいので、差し入れた毛布とかをちゃんと使っているのだろうが、まだまだ健康状態が良いようには見えない。
「ジェシーとしては生きられないかもしれない。でも、ジェスとして新しい世界もあるのではなくて?」
お金を払えば彼だってここを出られるなら、先行投資って考えればいいのよ。もちろん馬車馬のように働いてもらうけれど。
「お嬢さん、悪い顔をしていますよ」
「気のせいだわ」
答えをじっと待っていれば、彼はわずかにヒルマイナ様を見やり、そしてそっと口を開いた。




