小さな変化 sideジェシー・ハーバード(ジェス)
それは彼女から贈り物が届いた日のこと。
別に、こんなことをしてほしくて部屋に招き入れたわけではないのに、彼女は律義に返礼の品を大量に持ってきた。
握られた小さな手を思い出す。
ガサガサでボロボロの僕の手とは違う、温かくて綺麗な手だった。爽やかな春の花を思わせる指先に、大きな黒い瞳。堂々とした足取り。
綺麗になった。
そんな人が、僕にお礼をくれた。
僕はこの街で限られた人にしか見てもらえない存在だと思っていた。
でも違った。彼女はきっと昔のことなんて覚えていないのだろう。だから優しくしてくれるんだ。
そう思って、次々に運ばれる品をぼうっと眺める。
分厚い毛布が二枚、温めた石を入れておくための暖房用の瓶。新しいコートにタオル。清潔な寝間着に下着。布も何枚か。ノートやペンもあった。
窓には新しいカーテンがかけられ、曇り硝子には女たちが何かを貼った。これをすると外の寒さが少しだけ和らぐと言われた。
最後に荷物を運んでくれた女たちが一人、また一人僕の前にやってくる。
そういえばどうして女の人だけなんだろう。
荷運びの仕事はたいてい男がやるのに。
「あんた、ジェスっていうんだろ。こんな寒い部屋でよく頑張ったね」
名前も知らないその人は、大きくて暖かい手で僕の肩をそっとさすってくれた。
「これ、あとでお食べ」
別の人はヒルマイナ様に見られないように、お菓子の包をくれた。中は手作りの焼き菓子だった。この地域の子どもが食べる、素朴なお菓子だ。
日持ちすると聞いたことがあるが、僕は今まで食べたことがなかった。お菓子自体何年ぶりだろう。
いいのですか? と問えば、子どもが遠慮するんじゃないと言われた。
「今年の冬は寒いからね、風邪をひかないようにね」
母親にさえ言われたことのない優しい言葉。
「他に困ったことがあったら、向こうの道の薬草店においでね」
どうしてそんな言葉をくれるのだろう。
今まで僕のことなんて見えていなかったくせに。
口を開いたら、何か別のものが落ちてしまいそうで、必死に頷いて返事をした。
全員が僕の体のどこかを優しく触って、そして帰っていった。
彼女も、そして女の人たちも全員帰ったあと、途端に部屋が寒くなったような気がした。
ヒルマイナ様が大きなため息をつく。そうだ、この人はいたんだった。驚いて体がびくっと震えた。
「ジェス、良かったですね。今年の冬は心配していましたが、これでもう大丈夫でしょう。日々、鍛錬に励むように・・・・・・ジェス?」
すぐに返事ができなくて、ヒルマイナ様が怪訝そうに僕を見る。
「ジェス」
返事をしなくちゃいけないのに、喉が焼けたように熱くてうまく言葉が出ない。
「あなたは・・・泣いているのですか?」
呆然としたような言葉に首をかしげる。
なく? 泣く。僕が?
「・・・ジェス」
困ったような顔でもう一度僕の名前を呼んで、それからヒルマイナ様はわずかに首を横に振って部屋を出ていった。
追いかけなければ。はやく謝らなくちゃ。
そうしていつも通りにならなくちゃと思うのに、僕の足は一歩も動けなくて、そのうちに涙も止まらなくなって。
僕は久しぶりにたくさん泣いた。どうしてかわからなかったけれど、涙は全然止まってくれなかった。
夜、夕食の時間を超えても部屋を出られなかった僕は、お腹がすいてもらった焼き菓子を食べた。泣きすぎて頭は痛いし、変な体勢でいたから体は痛い。
でも、クッキーと呼ぶには硬すぎるそれは、とても甘く感じて、でもぴりっと辛くて、夢中になって全部食べてしまった。
なんとなく、これが母親の味なのかと思った。
空になった包を見ていたら、部屋の扉がノックされた。
僕の部屋を夜に尋ねる人なんていない。廊下は凄く暗いし、とても寒いからだ。
いったい誰だろうと思って扉を開ければ、そこにはヒルマイナ様が立っていた。




