不思議な家族
グロッギとは北欧で冬に飲まれる飲み物だったような・・・
前にシャフが主役のドラマで見て覚えたのだ。輸入品を多く扱うちょっとお高いスーパーとかにも置いてあった。
やはり寒い土地柄か、たくさん入っているスパイスが美味しい。
何故か突然お邪魔することになったお宅は、まるで本当にスウェーデンやフィンランドに来たような錯覚を起こすほど、イメージ通りの雪国の家だった。
宿はデザインが他の街とあまり変わらないので気付かなかったけれど、ここ、いるだけで楽しい!
手作りの布小物も多いし、壁に飾ってあるタペストリーも見事だ。食器なんてほとんどが木をくりぬいて作ったのがわかるし、軽いのに温かみがあって素敵だ。
パチパチ爆ぜるのは暖炉の木。あたたかい赤とオレンジの光。いつまでも見ていられるような色に心が落ち着く。
なんて贅沢な時間だろうと思っていたら家主が帰ってきたので挨拶をした。
「あ、お邪魔しています。リーナと申します」
ネッドの報告にあった旦那さんだ。とても体が大きくて見上げると首がいたい。
毛糸の帽子に分厚い上着は赤と茶色で刺繍してあってお洒落だ。足元も分厚いブーツを履いていた。
「おかえりなさーい」
ホノが笑顔で言えば無表情ながら頷きが帰ってきた。
「・・・・・・・ああ、ゆっくりしていけ」
「ねえ、夜はうちでご飯たべていってくれるでしょう?」
ぎゅうっと右腕にすがりつくホノ。妹ってこんな感じなのかしら。かわいい。
「ううん、戻らなきゃ。ネッドに何もいわずに来ちゃったし」
さすがにそこまではお邪魔できない。ネッドにも何も言っていないし。
むしろ勝手に他人の家にお邪魔するとか、怒られ案件では・・・・
「食っていけ。あんたの連れには俺が連絡してやる。なんなら連れてくるから、食っていけ」
あら、ずいぶんと面倒見がいいのねと感心したが、同時に困ってしまう。
こんなにも素敵な家の、こんなにも仲の良い家族の邪魔をしてもいいのか。
「でも・・・」
「いっしょにいるの! ねえ、今日はいっしょがいいよ」
「そうしろ。俺はちょっと出てくる」
なぜか一切聞いてもらえず、呆然としていると旦那さんは急いで出て行ってしまった。ホノだけが嬉しそうにニコニコしている。
この子、さいしょの頃は大人しかったのに・・・
その後旦那さんは本当にネッドを連れてきてしまった。彼は私を見て怪訝な顔をしたが、絶対に隣から離れないホノに戸惑ったようだった。
「お嬢さん、そろそろ宿にもどりましょう」
「だめ!」
「いや、ですが・・・もう暗いので道が危ないですよ。さあ、帰りましょう」
「だめなの!」
暖かく、ごろごろ野菜たっぷりのクリームスープを頂いたあと、ネッドはさも当然のように立ち上がり変える支度を始めた。それをまるで駄々子のように止めるのは、やっぱりホノ。
今日はどうしたのかしら?
「泊っていけ。雪道の夜は危険だ」
「今なら宿に戻れます、宿代もったいないんで」
ネッドは戸惑いを通り越して、少しだけ呆れた顔を見せた。
確かに宿代はもったいないわ。でも。
「今日はだめなの!」
「どうして、今日はだめなの?」
何かに必死の少女に聞かずにはいられなかった。
「だって、妖精さんたちがダメっていうの」
・・・誰か翻訳ぷりーず。
「妖精なんていませんよ」
「この街にはいるんだ。ともかく、あんたは今日は泊っていけ」
ネッドの全否定をさらに否定する形で言葉をかぶせてくる旦那さん。
妖精? なんの話?
「・・・ネッド、今夜はこちらにお邪魔します。あなたは明日、迎えに来てちょうだい」
「・・・わかりました。お嬢さんをお願いいたします」
ネッドは、こいつ正気かよって顔をしたけれど、結局言葉を飲み込んでくれた。
ホノが絶対に私を離さないって顔で彼を睨みつけたからだ。お気に入りのおもちゃを取られた子供ではない、何かに怯えるようなそれに、わたしもネッドも言葉を飲み込んだのだ。
結局わたしだけ泊り、ネッドは納得できないという顔で宿へ戻っていった。
去り際、わたしのポケットに魔物除けの劇薬を入れていったネッドの心情を理解しつつ、ホノに促されるまま彼女のベッドで夜を明かすこととなった。
ぎゅうぎゅう、暑苦しいほどにくっついてくるホノ。
夜中一度目が覚めた時、ホノはわたしの頭を抱きしめて眠っていた。まるで何かから守るように。
妖精というのはよくわからないけれど、わたしを心配しているようなそれに、なぜか心が落ち着いた。
次の朝は、丸く固いパンをかぼちゃのスープに浸して食べた。ホノは朝が苦手なのか、わたしの服をぎゅっと握って、時折わたしの頭に目をやっては頷いている。
本当になんなんだろうか・・・
「お嬢さん、おはようございます」
食事が終わった瞬間、図ったようにドアがたたかれ、笑顔を浮かべたネッドが立っていた。隠せていない目の下のクマ。こいつ、一睡もしていないな。
見慣れた商会の包みをホノに押し付けると、まるで奪うようにわたしの腕をとって歩き出した。
「では、お世話になりました」
「え、ちょ」
ホノは呆然と、包みとわたしを見比べ、小さく手を振った。わたしもつられて返す。
「お、お邪魔しました!」
呆然としていた大人二人もぎこちなく頷き、わたしは彼らの家を後にした。
「お嬢さん、ちょっと話したいことがあります」
「妖精というのと関係ある?」
「ええ、それと、お客さんがいらっしゃっています」
固い表情で頷くネッドに嫌な予感を覚えた。




