妖精のたわむれ sideユネ
いつもじゃない。時々見える程度だ。娘のホノはよく見るようで、あの黒髪の少女を気に入っている。なんせあの少女が雪のそばにいれば、必ずといっていいほど妖精が寄ってくるらしい。
「あのお姉さんは、妖精さんが見えないみたい。でもね、妖精さんたちはお姉さんが大好きなの! いっつもそばにいるのよ。お姉さんが雪玉を作るのを楽しそうにみているわ!」
興奮した様子でそう言うので、あたしも夫も変わった子だと思いながら娘を見ていた。
あの日。あの少女を見つけるまでは。
「帰る?」
見下ろした小さな背中。わずかに濡れた黒髪。何かに迷う瞳は夏の夜空の色をしていた。
「どこへ?」
そうか、この子はまだ子どもなんだ。帰る場所すらわからず迷っている。
帰っていいのかわからないから、怖いんだ。
普段、私の目には映りにくい妖精たちが心配そうに少女のまわりに集まっている。
もともと、この妖精たちに気付いたのは娘だった。
「おかあさん、お姉さんが泣いてる」
「え?」
「ほら、あそこ。“みんな”が心配してるよ」
娘の視線の先。輝く虹色の何かが数匹、まるで心配しているように飛んでいた。
古くから街にいる連中は私のようにソレがみえるからか、皆立ち止まって様子をみていた。
まるで助けを求めるように不規則な動きを見せるソレに近づけば、上品な深緑の封筒を無造作に雪の上に放置した少女が雪玉を作っていた。よく見るとなぜか木の実などを入れ込んでいるようだ。
まさか投げるつもりじゃないだろうね?
いろんな意味で心配になった私はつい、
「ここじゃあ冷えるから、うちに来な。それから、その物騒な雪玉は置いてって。人さまに投げたら容赦しませんよ」
ちょっと言葉がおかしくなったが、彼女は気にしないようだった。そればかりか、
「石とか氷は入れてないよ?」なんてのたまったので、娘や旦那を叱るときみたいに遠慮なく頭にゲンコツをお見舞いしてやった。
妖精たちが慌てて彼女の頭をさすっているが、本人は気付いていない。
その後自宅に案内すると、娘が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おかあさん、暴力はだめよ」
「反省はしているが、後悔はしていない」
娘は妖精を見て判断したんだろう。多くは雪の傍にいるが、時々は家の中にも侵入するらしい。今は見えないが、まだいるのだろう。
それにしても私の娘が私のことを、まるでダメな子をみるような残念な顔をするのは解せない。間違ったことはしていないのに。
「おかあさん。暴力は、だめ」
「ゴメンナサイ」
八歳に諭されてしまった。
「お邪魔します」
「お姉さん、いらっしゃい。ホノが案内してあげる!」
珍しそうにキョロキョロ周りを見わたして、時折あれはなに? これは? と尋ねている。この地方の伝統的なものも多いが、たいていは王都の一般家庭の家にもあるような置物まで。
いったいどういうふうに暮らしていたのだろうか。
我が家のキッチンは代々受け継がれてきたから、宿のように明るくもなければ新しくもない。それでも暖かな木目のそれらにかけられた手作りの布が色にあふれていて、毎日楽しく立つことができる。
そこでフルーツやスパイスをたっぷり入れたグロッギを作りながら二人の様子を眺めた。夫と二人で飲むなら葡萄酒を使うけれど、子どもには使えないのでフルーツをたっぷり入れるのがコツ。我が家では最後にレーズンを浮かべる。ホノの大好物だから。
「ほら、二人とも。こっちへおいで」
「はーい」
ホノが嬉しそうに駆け寄って私の腰に抱き着いた。いつまでも子どもで困るが、こういうのは可愛くて仕方がない。
「お姉さん、うちのはおいしいのよ!」
「いい香りだね。これはなに?」
「グロッギという飲み物さ。冷えた体を温めてくれるよ」
手間がかかる分、ある程度材料は常に用意している。なにせ楽しみの少ない寒い冬を越すために、家の中では快適に過ごす知恵がいくつもあるのだ。
「・・・おいしそう」
わずかに戸惑ったような表情を浮かべて、少女は手に取った。
「あっちにすわろう!」
「うん、いただきます」
うちの娘も外ではこのくらい礼儀正しくできるだろうか・・・
二人が楽しそうにおしゃべりをしながら飲んでいたら夫が仕事から帰ってきた。冬の夜は早いため、仕事も早めに切り上げることが多い。
予想外の来客だったのだろう、驚いたように固まってしまった。
「あ、お邪魔しています。リーナと申します」
「おかえりなさーい」
たった二つしか年齢が違わないなんて、絶対に嘘だとぼんやり思う。
「・・・・・・・ああ、ゆっくりしていけ」
「ねえ、夜はうちでご飯たべていってくれるでしょう?」
「ううん、戻らなきゃ。ネッドに何もいわずに来ちゃったし」
えー。と文句を言う娘に、無茶を言わないよう止めようとしたところで夫が口を開いた。
「食っていけ。あんたの連れには俺が連絡してやる。なんなら連れてくるから、食っていけ」
は?
いやいや、私だって思わずって感じで連れてきたけど、どうしたのあんた?
いつになくかぶせる様に言う夫に困惑したのは私だけじゃなかった。
「でも・・・」
「いっしょにいるの! ねえ、今日はいっしょがいいよ」
「そうしろ。俺はちょっと出てくる」
帰ってきたばかりなのに出ていく夫を、止める間もなく呆然と見送った。




