雪の音
しんしんと降りそそぐ雪は雑音を吸収してくれるからとても静かだ。
雪は白いと思っていたけど、本当はすこしだけ青っぽいというのも一面の雪景色を見て発見した。
数日ぶりの晴れの日。雪がキラキラと輝いて太陽光を反射するから、ちょっとだけ目が痛い。この世界にサングラスはないのかしら?
昨夜ネッドに渡された封筒を手の中で弄びながら、わたしはぼんやりと雪を眺めていた。
この広い先には何もないのだ。今雪の海の中に飛び込んだら、きっと誰もわたしを見つけられないだろう。そのまま死ぬかもしれない。
馬鹿なことを考えるのは、この手紙のせいだ。
わたしに、血のつながりのない妹ができたらしい。手紙には名前は書かれていない。もしかしてまだ決まっていなかったのかもしれない。
それとも、あえて書かなかったのか。
一度うじうじ悩みだしたら長いのがわたしの悪い癖だ。
それでも気にならないわけがない。
義母の容態も心配だし、子どものことも、そして義父のことも。怪我をしてからしばらく経った。今はどうしているのだろうか。街に来てから考えないようにしていた。
いじめっ子をやり返したことで仲良くなった少年少女たちに譲ってもらった木の実を雪の中に閉じ込めながら、わたしはふうと息を吐き出した。
ぎゅっぎゅっ、と固めていく。
ちょっと大きい木の実を使えば、大きな雪玉が完成する。
石や氷よりは痛くないでしょと思って作業を続ける。
「・・・あなたまさか、それを投げるつもりじゃあないだろうね?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り向く。
顔見知りになったギルド職員の、ユネ・バントスだ。娘のホノがわたしを見て嬉しそうに手をふるので、こちらも振り返す。
「ホノ、父さんのところに行ってな」
「うん」
ホノはもう一度私に笑顔を向けて、走り去った。最初のころは悪ガキどもに虐められていて、わたしにも警戒心丸出しの様子だったのに最近はかわいいったら。
「こんなところで何をやってるんです」
「バントスさんは、今日はお休みですか?」
「・・・ええ」
「そうですか」
こちらはまだまだ警戒心の塊らしい。今は余計なおしゃべりをする気分じゃないから、そのまままた手元に視線を落とした。にぎにぎ、ぎゅっぎゅっ。
「・・・いい加減帰らなくていいんですか。もう十日もすれば街から出られなくなる。ここの冬はこんなもんじゃない。あなたみたいなよそ者には生きていけない厳しい冬なんだ」
確かに、床暖房も極暖の肌着もないこの街で生き残れるかと言われれば、正直自信はない。でも。
「うーん。どうしようかなぁって。まだ決めかねているんですよ」
「何を決めたいんです」
さく、さくと、音を立ててユネ・バントスが私の背後を取った。頭上に鋭い視線を感じて居心地がすこぶる悪い。まるで怒られているみたいだ。
「だから、これからどうしようかなぁって。わたし稼ぎはあるので、しばらく何もしなくても勝手に収入があるんです。だからどこにだって行けるんですけど、次に行きたいところも今のところないし。そもそも雪の中の移動とか面倒だし」
「じゃあ、どうしてこの街に来たんです」
何も知らないネッドにゆだねたと言ったら、更に怒られるだろうか。
「あなた、帰りたくないの」
「帰る?」
はっ、と嘲笑したそれが自分の声だったと気付いた時には、もう遅かった。
「どこへ?」
見上げたユネ・バントスは、怒っているというよりかは、なんだか泣きそうな顔をしていた。
この人、こんな顔をするのかと驚いた。
わたしのことを苦手に、もしくは嫌っていただろうに。
「ここじゃあ冷えるから、うちに来な。それから、その物騒な雪玉は置いてって。人さまに投げたら容赦しませんよ」
そんなに物騒だろうか。
「石とか氷は入れてないよ?」
無言でゲンコツが落ちてきた。父さんにも殴られたことないのに! と某ガン●ムの主人公のセリフが頭をよぎった。かなり痛かった。




