知らせ sideネッド
最近、お嬢さんは奇妙な努力を続けている。
「ねえ、どうしたら氷以外で石ぐらいの強度を再現できると思う? やっぱり石は証拠として残っちゃうじゃない? というか、ただ縛り上げるだけなんて、ネッドもずいぶん優しいのね」
あんたの危険志向に比べれば、大抵の奴は優しいぞと思うが懸命な俺はもちろん言わない。
「そんなことより、手紙を出すのでは?」
「総一郎に書いたの! 王都に向けて出すつもりだわ! そろそろ帰ったかしら?」
「アレクには出さないので?」
「見つかったら困るもの。他にいい方法あるかしら?」
・・・もう手遅れだと思うが。
お嬢さん関連の、あいつの行動力を舐めてはいけない。気色の悪いほどの行動力を発揮することはすでにわかっている。
おそらく、すでにこの宿まで特定していることだろう。
何事もなければいいが。
「それに、アレクはあのあと何も言わなかったわ。同じ屋敷にいたのに、一度も会いに来なかった。きっとわたしに飽きたのよ」
魔物の集団とやりあったアレクセイは確かに、以前とは少しだけ雰囲気を変えた。だがこの女を好いている気持ちを捨てたようには見えなかった。
「どちらかと言えば、たんに怖気づいただけでしょう」
「わたしが魔物と同じ色だから? 今更?」
同じではない。魔物の黒は、見れば人に不安や恐怖を与えるような深い黒だ。同じ黒でも夜空のようなあんたと一緒にできる人間なんていないさ。
少なくとも、一度戦えば。
「そりゃあそうですよ。あれはあなたの心を守れなかった」
「街と家族を守ったじゃない。立派よ」
「じゃあ、どうしてお嬢さんは声をかけなかったんです?」
あの後、アレクセイは屋敷に滞在していた。といっても事後処理に追われて滞在時間は夜中から朝方までのせいぜい数時間。毎日遅くに帰っては、疲れ切った様子が抜けないまま朝になると出ていく。その繰り返し。
だが、ほぼ毎晩あんたの部屋の前でノックしようと手をあげては下げるの繰り返しをしていた。
あまりの情けなさに新たな賭け事が始まったほどだ。
いわく、何日目に声をかけるかということなのだが、その前にお嬢さんは逃亡してしまった。
「避けられているように思えたの。いつもどこにもいないし」
「・・・ならば、尚更手紙を書いてみたらどうですか。ここいらで、正式に婚約者の話はなかったってことに」
わずかに顔をうつむけて、数秒後小さく頷いた。
「そうね。総一郎の手紙に同封してみるわ」
そのどこか物思いにふける姿が、妙に気に障ったのは俺だけの秘密だ。
俺は彼女に言っていないことがある。
定期的に商会に赴き、現状を報告することだ。
旦那様に命令されているので後ろ暗いわけではない。ただ、言えていないだけだ。
今日も食料の買い出しの最中簡単に報告をすませる。
雪深いこの街に送るためにはかなり高額となる速達便で文が届いていた。
店員が丁寧に差し出したそれを受け取り、目を通していく。そこには彼女に義妹が生まれたということと、彼女の義母が出産から数日、産後の肥立ちがわるく現在は屋敷にて治療を受けているということが書かれていた。
命に係わるほどらしい。一家を屋敷に引き取り面倒を見ているようだ。
街の連中はまだ落ち着かないのか。それともそのほうが守れると判断したのか、これだけではわからない。
俺はため息を飲み込んで封をし直した。
ここから先の判断は俺にはできない。
「お嬢さまのご様子はいかがですか?」
「この街に来てからだいぶ落ち着きましたが・・・」
まだ、ここにいてもいいのではないか。
嫌な言葉をあびせられることも、物理的に攻撃されることもない。まあ、悪ガキをのぞいて。
辛いなら戻らなくていい。こんな文を読むこともない。逃げることは悪い事じゃない。
あの街では安全が確保できないならば、俺はあの女をつれてどこだって逃げてやる。
それなのにその夜。
何故か大量に集められた木の実で遊びながら(お手玉のかわりだと言っていた。意味がわからない)、何かを思い出したかのように、彼女はとても自然な様子で俺に問うた。
「ところでネッド、あなた昼間誰と会っていたの?」
「は?」
「お昼の買い出しから様子が変だもの。あなた、考え込むとき笑う癖直したほうがいいわ。不気味だもの」
そんな癖あっただろうか?
ペタと頬を触ると、
「嘘よ。今日は反応が少しだけ遅いから気付いただけよ」
なんて女だ。
誤魔化してしまおうか。なんて言えば納得するだろうか。
「ネッド、言いたいことがあるなら言って。あなたに嘘をつかれるのは、いや」
ちいさく零れた言葉。その瞬間、俺の口は俺の意思を反して勝手に動いていた。




