そんな昔の話をされても
ここ数年で色々あった。とくにここ一年、本当に濃かったと思う。
だから昔髪を切られたこともすっかり忘れていた。
確かにあの一件以来様々なことが変わった。
きっと一番変わったのはアレクだ。
でも。
「そんな昔の話を蒸し返すような了見の狭い女扱いしたいの?」
「・・・あんたが許すってんなら、俺はもう何もいいませんよ」
わたし以外の人間が彼の行為で心を痛めたのは本当だ。
でも髪は伸びるものだし、短い髪形似合っていたし。なによりわたし、可愛いし。
社交界を追い出されて僻地に追いやられたとか聞いていたけど、まさかこの街だったなんて。
しかし今の彼から、昔のような我儘な感じは見受けられなかった。
むしろすごく傷ついて、傷があることが彼は安心するみたいな。不安定な心を感じた。
「そうね、わかったわ。とりあえず宿に戻って服を着替えて食事をしましょう。その後お礼の品を手に入れて、それから彼ときちんとお話しするの。どうかしら」
「・・・わかりました。まずは飯ですね」
「腹が減っては戦はできないのよ」
「戦をしたいんですか? 手伝いますよ」
ちっがーう!
「・・・・・・荷物運びを手伝ってもらうわ」
「わかりました」
いや、嬉しそうに頷かれても。
もうほんと、忘れていたんだよ。名前とかもぜんっぜん覚えてないし。
そんな昔の話をされても。
「というわけで、いいわね? ヒルマイナ様」
「・・・私も、同席させていただきますよ」
「か弱い少年を取って食ったりしないわ」
「お嬢さん、口が悪いですよ。後でお説教です」
ちっ。ネッドは最近オカンのように口うるさいのだ。
宿に戻って、風呂は時間外だったから特別料金を支払って温まった後は、着替えて食事を済ませた。
ちょっと寒気でぞくぞくしたから、一応風邪薬みたいな薬を飲んでおく。
この世界の薬は冒険者用の高いポーションか、薬草を煎じるのみだ。
現代日本が恋しくなるのは特にこういうとき。便利な薬品も、お肌に優しい生理用品も、可愛い筆記用具に暖かい服。
水着だって全然!
「今度水着を開発したいわ」
私の髪を丁寧に梳かしているネッドが訪ねる。
「それは、何をするものですか?」
「泳ぐための服よ。伸縮性の高い素材で作って、ああ、でも素材か・・・うーん」
「お嬢さん、泳ぎたいんですか。溺れませんか」
「こう見えても泳ぐのは得意よ。でもこの世界では水着になる文化はあるのかしら・・・ねえ、ネッド、可愛いお姉さんが下着で泳いでいたらどう思う? うれしい?」
「不審者は自警団に通報しますね」
・・・水着への道は遠いらしい。
「じゃあ、わたしがやったら?」
「お嬢さん、薬湯をもう一杯作りますね」
やぶへびだったわ。
「ところでネッド、どうして彼は嫌われているのかしら。この街の人には関係ないじゃない」
「・・・神殿では確かに身分は関係ないとされていますが、実際は結局身分にとらわれています。今日あなたがお会いした少年たちも、もとは貴族でしょう。ある程度金を払えば俗世に戻ることもできますからね。そう珍しいことでもありませんし」
あらー。
「なるほどね。つまり、弱いものいじめか。しかもわたしを利用した」
ネッドが珍しく苦笑して頷いた。
「彼を助けられるのは、この世界でただ一人、あなただけだ。しかしそれをするためには商会に赴く必要があります。どうしますか? 彼を助ければあなたは街に逆戻りだ。俺は、それでもいいとは思いますが」
この街に来るまでにかなりの時間を要した。街に戻るためには更に同じだけの時間がかかる。その間に人々が落ち着く可能性は確かにある。
でも。
「見捨てますか?」
思い切り顔をしかめてしまったわたしに意地悪く尋ねる彼に、ちらと目をやる。
「彼はたくさん傷ついたのだと思うわ。でも、まだわからない。全然会話が足りないわ。どうすればいいのか、彼が何を願っているのか」
それでもあの顔色の悪さやボロボロの手。寒い部屋や薄暗い廊下を忘れることはできない。
「すぐに、答えは出せないわ」
助けることはできる。それでも、それは最終手段だ。
「この冬が本格化するまでには決めるわ。あの部屋では、この冬を越せないかもしれないもの」
ネッドは何かを考えるようにふと目線を上にし、それからそっと頷いた。
「わかりました」
ところで、と言葉を続けた彼はとても眩しい笑顔を浮かべた。
「クソガキどもに仕置きをしてきて良いですか?」
怖い・・・




