この世界にも雪合戦があった!
ことの起こりは二十分前。商業ギルドで荷物を頼んだあと街を散策していたら、急に少年たちに囲まれたのだ。
地元の少年たちはネッドを見てひるんだようだったが、こちらを指さして、
「やい、この化け物! 俺たちが成敗してやる!」
「なんだその黒いの、気持ち悪いんだよお前!」
「悔しかったら俺たちに勝ってみせろ、この化け物!」
語彙力の低い、まだ十かそこらの少年三人。少し離れたところでは更に小さい少女や少年が体を小さくしてわたしたちを見ている。
「・・・言いたければ勝手に言えばいいじゃない。わたし、忙しいの」
「ふん! なんだお前、化け物の分際でいっぱしな口をきくじゃないか!」
あんたが言うな。
「あーはいはい、じゃ」
「ぶっさいくな化け物が俺たちに負けて尻尾巻いて逃げてくぞ!」
やーい、やーいと囃す声が、今日はどうしてもイラついた。
もしかして疲れているのかもしれない。今逃げれば、この少年たちは更に図に乗って煩いことになりそうだ。
「うっざ」
意味は伝わらなかったかもしれないが、自分たちが馬鹿にされたのは気付いたのだろう。子どもたちは顔を赤くしてさらに怒鳴る。
「黙らせますか?」
「いいえ、子どもの喧嘩に大人が口を出すのはルール違反よ」
「はあ!? お前だって子どもじゃん!」
そーだ、何さまだと騒ぐ彼らを鼻で笑う。
「で? 何で勝負するのよ。わたしが勝ったら二度と近づかないでよ。煩いだけの男なんて嫌いなのよね」
胸を張って言えば、更に逆上したようだ。
雪玉をぶつけて、先に倒れたほうが負けだと言った彼らに笑ってしまう。
ネッドが、じゃあ俺は手を出しませんからねと呆れた目で言うので頷いた。
「もちろんよ」
その代わり、ネッドの水筒を奪った。彼はいつでも冷たい水を持ち歩いている人なので、軽く握った玉にかけていく。寒さのせいですぐに凍ってきた。ほどよく固まったら更に雪を追加してぎゅっと握る。
「ルールとは」
「勝てばいいのよ。それにもともと水と雪だけ。証拠は残らないわ」
「大人げない」
「今は子どもだもの。石を入れないだけ感謝して欲しいわ」
ふふん。頭は狙わないようにしてあげるわ。
「それやったら死人が出ますよ」
「ふん」
にぎにぎ。よし、良いわね。
「おい、準備はいいか!」
「いいわよ。かかってきなさい!」
口の利き方を教えてあげるわ。
「じゃあ、開始っうわあああああっ!」
こんな時に、悠長に開始の合図だなんて、ぬるいわ。
戦いはすでに始まっているのよ。
一球、一球を大事に投げる。何個も雪玉を作るのは大変なのだ。だから確実に当てる。
「お嬢さん。玉投げうまいですね」
「んふー。もっと褒めていいのよネッド」
まず一番生意気だった奴の肩にあて、次は他の子ども背を向けた瞬間を狙う。見事命中。最後の一人も慌てて逃げようと背を向けたので遠慮なくいく。
「容赦ねえな」
「敵に情けは無用よ」
一球投げた! よしヒット!
わんわん泣き出した子どもたちの前に仁王立ちする。
「次はこんなもんじゃないわよ。約束通り、もう二度と近づかないで。煩いうえに泣きむしな男って嫌いなの」
ふん、と宣言すれば泣きながら頷いていた。
「わかればいいのよ」
ネッドが深い溜息をついて額を押さえていた。風邪かしら? はやく宿に帰らないと。
「まあネッド、大丈夫? 寒い中待たせたから風邪をひいたのではなくて? はやく帰りましょう」
しかし。
「その前に、この状況を説明していただけますね?」
それは静かな声なのに、どこか逆らえない力を持っていた。




