心配 sideネッド
お嬢さんの様子が日に日におかしくなったのは、ずっと気付いていた。
諦めてしまったのかもしれない。
義理の両親には新しい子どもが誕生する。けれど彼女には内緒にしたいようで、幾度も送られた手紙に書かれることはなかった。
彼女は、その子どものことも知っていたのに。
奥様がうっかりもらしたのだ。プレゼントは何がいいかしら、妹と弟、どちらかしら。楽しみね。なんて聞いて。
その時の彼女は、驚いたように目を見開いて、それからわずかに首を横に振った。
「元気に生まれてくれれば、男の子でも、女の子でもうれしいです」
それから幾日経っても、決して子どもの件に触れることはなかった。たった三行の手紙を何度も読み返して、そして、諦めてしまった。
自分には教えてくれないのだ。教えるつもりは、ないのだろうと。
それはつまり、帰ってくるなということではないか。
一度うじうじ悩み始めた彼女は数日間悩んだ。けれどある日、決めてしまった。
「ネッド、一緒にきてくれる?」
「いいですよ」
行き先なんてきかない。どうでもいい。どこへだって俺が一緒に行ってやる。
「ありがとう」
久々に見た、晴れやかな顔の裏で、彼女が泣きそうな目をしていたことには気付かないふりをした。
彼女の行動は慎重だった。全ての準備が整うまで俺とソウ以外には知られないようにしていた。そして旦那様に伝えた時、旦那様はしばらく彼女の顔を見て、それから小さき息を吐き出した。
「ねえ、リーナ。どうしても行くのかい? たしかに、今のこの街が君にとって安全な場所でないかもしれない。だが、それはたんに逃げているだけじゃないか。こんなふうに逃げだしたら、君が帰ってくる場所は本当になくなってしまうよ」
「はい。わかっています」
「・・・私が妻に怒られてしまうよ」
「わたしとアレクで賭け事をしていたのでしょう? 相殺してください」
気付いていたのかと内心冷や冷やしたが、俺はしれっと天井裏から見ているだけだった。
「うーん。まあいいか。じゃあ条件を二つ。一つは護衛としてネッドを連れて行くこと。もう一つは、ベルノーラ商会を頼らないこと。自分で逃げると決めたなら、私たちを頼ってはダメだ。一度でも頼ったら、その時は強制的に連れ戻すからね」
お嬢さんは一つ大きく頷いた。もともとベルノーラ商会を頼らなくても金に不自由しない人だ。そもそも頼るつもりはなかったのだろう。
自信あふれる知性的な瞳で見返したようだった。
その後旦那様は俺を呼び出した。
「ネッド、お前はそれでいいのかい?」
「はい、もとよりそのつもりでした。それに今のお嬢さんには冷静に物事に当たれる人間が必要でしょう」
「お前が冷静とは思えないね。お前、あの子に一緒に死んでくれと言われたら喜んで死にそうだ」
はて、お嬢さんはそんな願いはしないだろうが。けれどもしそれを望まれたら俺は。
「ああ、いいですね、それ」
素直に言ったせいで思い切り頭を叩かれた。旦那様は男に対しては容赦がないのだ。
「守り切れ。この街も、うちのバカ息子も、あの夫婦と、それから生まれてくる子どもも、私がなんとかしてやるから」
「承知」
深々と頭を下げた俺を、旦那様は満足げにみて頷いた。
そして今。
「お嬢さん、もうちょい考えましょうよ」
「なに言ってるのよ。先に喧嘩を売ってきたのはあっちよ」
せっせと雪玉を作るお嬢さんを呆れた目で見つめてしまう。
剣呑な瞳。わざわざ俺の水筒の水を奪って雪玉を固め、人も殺せるんじゃないかってくらい固くしたそれを並べていく。
「売られた喧嘩は買い占める主義なのよ」
「いつからそんな性格になったんですか」
「もとからよ」
こえーよ。
俺たちは今、地元の子どもらに囲まれて雪遊びをさせられていた。




