ユネ・バントスというひと
ユネ・バントス。夫と子どもの三人暮らしで、商業ギルドの中堅。夫のグガ・バントスは木こりをやっていて、気まぐれに人形を掘っては王都にも作品をおろしているらしい。娘のホノ・バントスは最近八歳になったが、人見知りが酷く気の弱い性格で、同年代の少年からからかわれることも少なくない。
雪深いまちで夏の鮮やかな葉を思わせる髪と瞳が印象的なユネの警戒心は人一倍で、しかし興味のないことはだいたい放置という少々変わった人物である。
というところまでが、ネッドが数時間で調べてきたバントス家の情報である。
ネッド、あんた何者なの・・・
「どうしてバントスさんを調べたの?」
「お嬢さんに対して舐めた態度をとったので、一応」
なにそれ怖い。
「しょうがないよ、こういう雪国は生きていくだけでも大変だろうし、警戒心が強いのは知恵のようなものじゃない。こんな変な子どもが来たら誰だって警戒するよ」
なんなら現在進行形で宿屋の主に警戒されている私たちは、食事時これでもかと睨まれつつ気付かないフリを続けている。
カエルのようなアレが入ったスープは、形がカエルに見えないからか美味しくて、思わずおかわりを貰おうか悩んだほどだ。
根菜類もたくさん入っていて体が温まる。
「まあそれなりに良い宿を紹介してくれたし、いいじゃない」
「それが彼女の仕事ですから、褒めなくていいんですよ」
ネッドがいつになく女性に厳しいなと首を傾げた。
「ネッド、それよりあとで手紙を書くから、あなたも書いたら? 一緒の包に入れて送りましょうよ」
「まあ、いいですが・・・あ、お嬢さん。おかわりは?」
ネッドは軽く右手を挙げて宿主を呼ぶとお代わりを注文した。
「ちょっと・・・だけ」
「彼女にも少しください」
宿主はわたしをジロジロと睨んだ後で、何も言わずに奥へ引き下がった。
ここでも黒髪は嫌われるらしい。ため息をついたらネッドが心配するだろうから、必死に飲み込んだ。
翌日わたしはまた彼女を訪ねた。
まるで信じられないものを見るような目を向ける彼女に、思わず笑ってしまう。意地悪が過ぎたかしら。
「こちらを送っていただきたいの」
「・・・一か所だけですか。同じ街でしたら料金はかかりませんよ」
「ええ、このお屋敷だけで結構よ」
ユネ・バントスは露骨に顔を顰めた。
商業ギルドの受付としてはどうなのかしらと思いながら、まあ別に嫌われるのは慣れている。
彼女には幼い娘がいるというし、何か気付いているのかもしれない。
「料金は前金で全額いただきますが」
「わかっているわ」
雪国から荷物を送るときは、万が一の場合を考えて派手な包にし、雪の中でも見つけられるように赤い紐をつけるのだそうだ。ユネはそれを受け取ったまま固まったように動かない。
「あなたは未成年だ。御両親には出さないのですか」
「ギルド職員にしては無礼な質問ね?」
確かに不自然だろうか。だが出せるわけがない。わたしがどこにいるのか、冒険者ギルド長の彼にだって伝えていないのだ。だからこの手紙は大旦那様にだけ出す。
「純粋に心配してるのですよ」
「まあ、ありがとう」
もしかして、親に対して手紙を出さないから怒っているのだろうか?
この土地の人たちは家族のつながりを特に大事にするということも前情報できいてはいたけれど。
「それで、おいくらかしら?」
それでも、出せるわけがないじゃない。
だってきっと、そんなものを望まれるわけがないのだから。
わたしの後ろで、ネッドがわずかにため息をついたような気がした。




