雪に覆われた街 sideユネ・バントス
一年中雪が降り積もる北の街には聖域という意味を持つナーオスという名がつけられている。このナーオスに数百年前神が顕現したという伝承があるためである。
むろん、それが本当か誰も知らない。
商業ギルドの受付で、私は目を細めながら小さな体を見つめた。
「お話は分かりました。すぐに宿を手配いたします」
はるか遠い街から“逃げてきた”少女と青年。
ナーオスから出たことのない私には、見たこともない危険な森も存在するらしいそこは、黒を酷く厭う習慣がある。見慣れない黒い髪と瞳の少女は、白い頬を染めて私をジッと見つめた。
互いに遠慮ない視線をやっていると、少女の隣に立つ青年がスッと目を細め私を観察する。従者のように付き従っているが、まるで獣のような気配の男だ。信用ならない。
「ありがとうございます、バントスさん」
「どういたしまして、私どもの職務ですからお気になさらず」
わずか十分ほど前、突然現れた少女はリーナと名乗った。ベルノーラ商会と縁が深い少女なのは一目でわかった。何せ彼女の姿絵は全国で発売されている。
熱心なファンはこの地にもいるほどだ。
「しかし一つだけ教えてください。なぜ商会を頼らずギルドに来たのですか」
「大旦那さまとのお約束なのです」
「と、言いますと?」
「ふふ」
軽やかに笑う少女に警戒感を持つなというほうが無理だ。
年中雪深いこの街の人間の警戒心を舐めてもらっては困る。魔物だろうが人間だろうが正直どっちでもいいが、私たちの生活を脅かすような真似は許さない。
「まあ、深くは聞きません。ほかに私にご依頼はありますか」
淡々と返せば、彼女の笑みが深くなった。
「そうですね・・・では、明日、手紙を書いてきますので、発送していただけますか。それから、紙や筆を売っているお店を紹介してください」
「わかりました」
ギルドで働き始めて早十二年。十年前に夫と結婚して子どもも生まれた。だからだろうか、子どもとはこんなに聞き分けのいい生き物ではないと知っている。
私の娘は今年八歳だけど、未だに私のあとをついて回る可愛い子だ。このナーオスでは厳しい自然を生き抜くために幼少の頃からたくさんのことを教える。
雪の中で迷わないように星を読む技術から、火を熾す技術、獲物を見つけて狩り、そして調理する。みんな十歳になる頃にはだいたいできる。
なんせ国の中で一番寿命の短い地域なのだ。暖かな王都で生きる人たちと、なんと五歳前後の差があるらしい。
そんなことを羨んでいても仕方がない。
私は神を見たことはないが、時折美しい何かを見ることはある。子どもたちは妖精だというが、襲ってこなければそれでいいと放置してきた。
虹色の羽をもった、小さな少女の姿の妖精。瞳も虹色で、遠目で見ると確かに美しいが、時折いたずらをするので迷惑だったりもする。
この少女はどこかそんな妖精のようにも見えた。
ギルドを出ていく後姿は小さい。
自分の街で魔物扱いをされて家族にすら見捨てられた少女。泣きもしない、わがままも言わない。当たり前のように現状を受け止めているその姿は確かに、人間離れしている。普通の子どもではない。
子どもは、あんな風に笑わない。
「ユネ、どうしたんだよ。お前らしくない。子どもを睨みつけるなんて」
「ねえ、あれ、本当に人間? あんな子ども気持ち悪くない?」
「つっても俺らより稼いでんだぜ。普通のガキなわけないじゃん」
同僚の言葉に、それもそうかと頷く。
「そうだけどさ、なんか違う」
「何がだよ」
「わかんないけど、あの子、私は好きになれないかも」
「見りゃわかるわ。初対面のガキにあんな睨みつける時点でお前は大人げない」
仕方ないじゃない。だって、どうしてもうちの子と比べちゃうんだもの。書類上たった二歳しか違わないことになっているが、あれは子どもじゃない。
「大人が無理して子どものフリをしてるみたいで、私は嫌いだな」
なんだそりゃと言いながら同僚は離れていった。
明日もまた来ると彼女は言った。
どうか私にあたりませんように。
しかし彼女は翌日、まさか私を指名してきたのだった。




