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これは優しいお話です  作者: aー
   スタンピード
132/320

待つ。その理由は

「なあお前、ただ逃げたいだけならさっさと逃げればいいだろ。なんで大人しく待ってんだよ?」

 言われた直後、ネッドの大きな手が私の目を隠した。

 もう慣れたこの大きな手の中で、私は戸惑う。

「さっきから黙って聞いていればどんな会話だ。二人ともいい加減にしなさい」

 優しい声で言う彼の様子はわからないが、部屋の温度が急激に下がったような気がした。

「あんたも、優しくすることだけが正解ってわけじゃないだろう。こいつ、無自覚なんじゃねえの」

「お前には関係ない」

 どういう意味だろうか。

「ネッド、どうしたの?」

「・・・いえ、そろそろメイドたちが来ます。部屋にお戻り下さい」

 一つ頷くと、ネッドがそっと手を離して私を静かな目で見た。彼らしくない行動に戸惑いが隠せないが、確かに時間はなさそうだ。

 二人は静かににらみ合って、それから総一郎のほうが先に視線をそらした。

「・・・もう一度寝るから、襲うなよ」

「人を痴女みたいに言わないで」

「俺の尻をあんだけ触っといて何を言ってやがる」

 あれは荷物を受け取っていたのであって、違うわよネッド、そんな残念な子を見るような目で見ないで!

「この痴漢」

「違いますーっ!」

 違うからぁっと叫びながら出て行ったわたしは、この二人の静かな会話を聞き逃した。

「あいつ、ほんとは誰を待ってんだ」

「おそらくご家族だろう。だが、来ることはない」

「それは本当に家族なのか?」

「・・・腹に子がいるようだ。今無茶をして街の連中を刺激したら、どうなるかわからんからな。全員を守るためには、距離をとる必要があるんだよ」

「その全員の中に、あいつは入ってないんじゃないのか」

「今は時間が必要なんだ。彼女にも、ご家族にも。この街の連中にもな」

「はん。どうだか」

 悲しげなネッドのため息を見ていたのは総一郎だけだった。


 数日に一度、家族からの手紙がネッド経由で届いた。

 他愛ない内容は、ほんの二、三行程度。

 元気ですか、ご飯は食べていますか。今日はいい天気ですね。

 元気ですか、昨日は雨が降りましたね。体を冷やさないようにしてください。

 元気ですか、庭の花が咲きました。思っていた色と違いましたが可愛いです。

 全部、シシリーの字だった。

 毎回元気ですか、から始まる。

 でも、それだけ。そんな手紙をなんども読み返して、心を決めた。

「ネッド」

「はい」

「彼はそろそろ戻ってくるかしら」

「おそらく」

「そう」

 シシリーの手紙の字はいつも丁寧だ。優しくて、でも、帰っておいでとは書いてくれない。まだその時ではないからだろうか、それとも。


 待ち人はそれから四日後に姿を現した。


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