準備ーside総一郎-
街で一番豪華な屋敷に邪魔するようになって数日。毎朝不気味な笑みを浮かべて俺に抱き着く女にそろそろ慣れたころ。
こいつは気色の悪い笑みを浮かべてのたまった。
いわく、ちょっと遠出するから代わりに買い出ししてほしいと。
毎朝少しずつ荷物を用意していく。メイドたちに見られないように俺の部屋に置いているからだ。
「はしたないヤツ」
「オニイチャン、可愛い妹分が抱き着いているのよ。もっと喜んだらいいじゃない。というか、いい加減に慣れなさいよ」
旅支度に必要なものを少しずつ、こいつは指示を出していく。
よその者の俺が買うことに違和感を持たれないように。
今はよそから来た冒険者が多く、物資も不足しているから少しずつ入手するほうが、違和感がないのもこいつにとっては都合がよかったらしい。
「お前、あのおっかない兄ちゃんはどうするんだ。俺に浮気してんじゃねーよ」
「ネッドはついてくると思う。彼、わたしのこと大好きだもの」
「お前、悪女っていわれねえか」
「彼のアレは、保護者的なものよ。それにわたしを守るのは彼の任務だもの」
こいつは男を舐めていやがる。あのネッドという男が、護衛対象だからそばにいるとでも思っているのか。あの男がこいつを見る目は、こいつが思っているほど穏やかなな感情じゃねえ。むしろ雄そのものじゃねえか。
「お前の雇い主には何も言わないのか」
ゴソゴソと俺の上着をまさぐり、器用に干し肉の包みを自分のポケットに移し替える女に問えば、不思議そうな顔をして頷く。
「ここしばらくお顔を拝見していないわ。わたしは命令通りお屋敷の中でヨイコにしているし。多分いろいろ気付いているとは思うけど、わたしがいないほうが都合がいいのはあの方も同じじゃないかしら」
良い子が人の尻のポケットをまさぐってんじゃねえよ。もうそこにはねえからヤメロ。
カーテンが引かれたままの早朝の自室で、俺は一体何をされているんだ。
「おいこら保護者ども。いい加減この痴女をなんとかしろ」
「安心していい。今日は俺だけですから」
天井からネッドと呼ばれる男の声がした。この時間はこいつ一人に任されているらしいが、なぜここの連中はいつも天井裏とか、壁の裏とかに潜むのだろうか。最近、綺麗な壁紙を見ると、この裏に道があるんだよなと疑うようになってしまったじゃないか。
「余計質わりぃ。こいつがどんどん変態になってきてるぞ」
「麗しき兄妹愛の時間を邪魔するほど無粋ではない」
きっしょ! 鳥肌立ったーっ!
「うげぇ」
「ちょっと! こんなに可愛いわたしの何が気に入らないわけ!?」
「全部。俺、女は断然胸派。万年Aカップはすっこんでろよ」
「まだこれから成長するわよ! 前はDカップあったもん!」
「お前は慎みって言葉を辞書で引いて来いよ」
「誰のせいよ!?」
猿のようにキーキー言って騒ぐ女を見ていてふと思う。
こいつ、本当に旅に出るつもりだろうか。今は確かに辛いかもしれない。でもこいつには家族だっているだろうに。こいつだけが外に出ることで本当に家族を守れるのか?
「なあお前、ただ逃げたいだけならさっさと逃げればいいだろ。なんで大人しく待ってんだよ?」
一瞬だった。
まるで今にも泣きだしそうな顔でこいつの瞳が揺れたその時、目の前にネッドが立っていた。
俺を殺しそうなほど冷たい目で。




