有名すぎるのも困りもの sideシュオン
おかしい、どうしてこうなったのだ。
「シュオン様、どうか我々をお救いください」
元勇者だということが、これほどまでに厄介なものとは思わなかった。
スタンピードが落ち着いて早数日、同じ街にいるはずの娘(予定)と全く会えないのはどうしてだろうか。
周りを見渡すと、大したケガもしていない街の連中が必死にすがりついてくる。
魔物の侵入があった場所の被害は確かに酷かった。それでも街全体が飲み込まれることもなく、ギリギリ少しだけ侵入を許したわずかな範囲。だが、目の前で腕を組んで私を見つめる連中は小綺麗な格好をしていて、何かに困っているようには見えない。
家畜を喰われた酪農家については様々な補償をだすとの話だった。
祈り、助けを求める人々のために私も祈った。炊き出しや、治療にもあたった。
だというのに、なぜ私は未だに足止めをくらっているのだろうか。
「皆の気持ちはわかった。だが、」
言葉の続きは出なかった。目の前の信者たちが熱心に私の邪魔をしてくるからだ。何度も名を呼ばれ、口々に願いを叫んでいく。
神殿は決して便利な場所ではないというのに。
「シュオン様、どうか俺たちを助けてください、このままじゃあ次の冬を越せねえ!」
まずは行政を頼ってみるべきではないだろうか。
「シュオン様、うちの子に祝福をください。こんな怖い目に遭わないように」
ふむ、強く祈っておこう。え。ついでに良縁を? そんな馬鹿な。
「シュオン様、俺、スタンピードで生き残ったらプロポーズするって決めたのに、彼女、別のやつと結婚するって言いだしたんだ! なんでだ!?」
そなたが無事でなにより。恋愛相談は専門外だ、すまんな。
「シュオン様、旦那がよその奥さんを孕ませちゃったんだ! どうやったらあの二人を地獄へ落とせるんだい!?」
私に聞くな!
こんなふうに足止めをくらい続けて数日。いい加減にしてほしい。
「シュオン様、いい加減に働いて下さい。こっちは忙しいんですよ」
憲兵の青年が呆れたように私を見る。
「ソウ、助けてくれ」
「残念な人ですよね、あなたって」
思い切りため息をつかれた。だがこの男はきっと私を助けてくれると知っている。
「ほらほら散った。俺らはこれから街の復興に手を貸さなきゃならないんだよ。手が空いてるなら手伝ってくれ」
「黒髪の化け物がなに言ってんだ! お前たちのせいで魔物が暴れたんだろうが!」
ソウに対して、時おりこのような暴言を吐く人間がいる。
「俺の髪が神秘的だからって羨むなよ、男の嫉妬は醜いぜ」
このように毎回鼻で笑ってあしらうソウだが、もしや彼女も同じ目に遇っているのだろうか。そうだとしたら、今は無事なのだろうか。どうか、一目安全を確認したい。
「ちっ」
暴言を吐いた男は舌打ちして出て行った。
「アレクセイってガキは気にいらないが、あいつを心配する気持ちは理解できましたね」
「そうだな。私も早く彼女に会いたい」
「今、そんな話をしてましたか俺は」
どうした。なぜ私を睨むのだ。ああ、なぜそんなに深い溜息を。
「俺もう、王都へ帰りたい・・・」
「奇遇だな。私も彼女を連れて帰りたい」
ソウは何故か無言で頭を思い切り掻いてどこかへ行ってしまった。彼は短気なところがあるので、ぜひ一度神殿で修業したほうが良いのではないだろうか。
まあ、彼のおかげで身動きが取れるようになったのだが。
空を見上げると、暗く重たそうな雲が街を包んでいた。




