まずは、決めましょう
今、わたしに与えられた時間は、今後どうするかを考える時間だと思うようにした。
彼はわたしに失望したと言ったけれど、きっと悪意はないのだ。
いつだってわたしを心配して、大事にしてくれた人だから。
だから今は真剣にこれからのことを考えようと思った。
でもちょっとだけ、思う。
これ、もしわたしじゃなくて、他にふつうの子だったら絶対酷い人間嫌いになるわよ。
「ね。次はどうするの?」
スヴェンが淡々と問うので、わたしは一つ頷いた。
「確かに、現状を鑑みるとこのままというのは一つの手だと思う。時間が経てば経つほど人の気持ちなど風化するわ。数年、もしかして十年くらい経てばいいのかもしれない」
でもその時、わたしはまだこの街にいるだろうか。
そしてそんなに気が長いほうではない。
「それはつまんないよ。他の手はないの?」
つまるか、つまらないかではないのだけど。
「他には、あなたが言った通り、この街を出ていくこと。一番いいのは人の多い場所にいくこと。この街では黒は忌避される色だわ。でも他の街は違う」
そうだ、私はほんの数か月前王都で思ったのだ。黒を忌避する傾向は、王都に近づけばそれだけ回避される。ただし、王都では変装していた時間もないため確信があるわけじゃない。
「他には?」
「いっそのこと、外国に行く」
カタン、と天井からナイフが落ちてきた。一度天井を見上げるがもちろん誰もいない。いやいやなにそれ怖い。
「物騒なところだね」
「・・・・・・で、この方法だけど。全くダメではないと思うの。前に元海賊さんにあったのだけど、良かったらってお友達を紹介してくれたし、落ち着くまでそっちに逃げるのもありかもしれない。少なくともこれ以上ギルド長を怒らせることにはならないわ」
とりあえず、見なかったことにしよう。
スヴェンは、ふうん? とワインを飲みつつ首をかしげた。
「あの人のこと、名前で呼ばないんだ? この家に住んでる人なんでしょ?」
「じゃあ、ダンナサマ」
「あ、ちょっと卑猥だね」
なんでよ。
「じゃあ、手紙を届ける間に決めてよ。どこに行きたいか、行きたくないのか。二月もせずに戻れる自信あるからさ。そうしたら次の依頼をちょーだい」
「・・・わかったわ。ありがとう、スヴェン」
いいよ、と言って彼は窓から出て行った。なぜ窓なの・・・・
「お嬢さん、本気ですか」
「うん、まずは決めなきゃ。今後どうするのか。お金とかは正直心配してないんだよね。権利料入ってくるから、しばらく遊んで暮らせるだけのものはあるし。わたしがこの街でできることなんて一つもないし。むしろ居ないほうがいいこともわかってる。だからって他の街においそれと行くのも、いいとは思えない」
よくおわかりで、とネッドが落ちていたナイフを自らの胸元にしまった。スヴェンが使っていたワイングラスを音もなく片付けていく。
「でね、ネッド。わたしは今悩んでいるの。悩みすぎて方向がわからないわ」
「どんな選択でも俺が守りますよ」
「そこは知ってる」
「・・・・・」
だから、といって私は一本のペンを取り出した。ついでにメモ用紙も取り出す。東西南北書き込んで裏返して、机に置いた。左手の人差し指で紙の中央を軽く押さえて、右手でその紙を回転させた。
「何をしているので?」
東西南北を漢字で書いたから、ネッドには読めないだろう。裏返してあっても頭の良い彼だ。思っていることを口にしたらきっと手伝ってくれない。
「ネッド、この裏紙にペンを落として」
「・・・落とすだけなら」
わたしから受け取ったペンをジッと見つめ、そっと置くように落とした。
ペン先が向いているほうに丸をして、紙を元通りにひっくり返した。そこには北の文字が躍っていた。




