大人の大人げない会話
絶賛困惑中のわたし、リーナです。
何を困惑しているかって? 屋敷に戻った瞬間浴室に連れて行かれて全身くまなく怪我をチェック&強制的に入浴。メイド三名の手により全身を洗われました。
羞恥心なんて芽生えるよりも、その鬼気迫る彼女たちの怒りに燃えた様子が怖かった。
「うちの大事なお嬢さまになんてことを」
「あとで絶対ネッドさんに名前を聞き出して、全員に報復してやる」
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
こわぁい。
はは、と乾いた笑いしかでない。もう笑って誤魔化すしかない。
「家に放火します?」
「頭の毛をぜんぶむしって差し上げましょ」
「生きたまま熱湯のなかに落としましょ。油がいいかしら、フフフフフフフフ」
三人目まじ怖い。
「喉がかわいた」
そろそろ本気で泣きそうなのでそう言えば、みんなパッとお喋りをやめてにこやかに微笑む。余計にこえーよ。
「バラ水をご用意しましょう」
「あら、フルーツのお茶にいたしましょう。甘いお茶は元気になれますわ」
「ケーキもご用意しますわ」
「普通の紅茶がいいです。ケーキは、ご飯が食べられなくなるから、クッキーがいいです」
わかりました、とニコニコ。だから、怖いって。
「ドレスは涼やかな水色がいいかしら。同じ色の日傘もありますのよ」
「赤もかわいいわ。白いレースがたくさんついたショールもありますの」
「黄色のワンピースが新しく仕上がっておりますの。白いお靴もご用意しました」
いや、もう夕方だけど・・・
「ううん。傷が痛いからお洋服は締め付けのないものをください。しばらく外には出ないから、靴は柔らかいものを。ショールは欲しいな。」
こういう時は全力で甘えるほうが彼女たちの精神状態を保てることは経験済みだ。全員今度こそ嬉しそうに笑って頷いた。
浴室から出て応接室に行くと、スヴェンが高そうな赤ワインを飲んでいた。
「スヴェン。本日もありがとうございました。あなたのおかげで無事に戻れました」
「へえ、帰ってこれた、じゃあなくて、戻れた。なんだね」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
だってここは私の家ではない。ここは、私が行儀見習いのためにお邪魔しているだけだ。現在は保護されているが、ここは、私の家じゃない。
「・・・俺思ったんだけど、この街の中が危険なら、君も一緒に別の街に行けばいいじゃない? 手紙を出すんだろ? 直接届けるってことにしてさ、ほとぼり冷めるまで逃げちゃえばいいじゃない」
それは、少しだけ考えた。
ほんのちょっとの外出すら危険だった今日。これから更に危険は増すのではないか。ここに私が居ないほうがいいのではないか。
ギルマスの顔しか見せてくれなかったあの人を思い出して、心がぎゅっと痛い。
「・・・謹慎を命じられましたので」
「それって変じゃない? なんで一方的に君だけ悪者なの? 君は何もしてないじゃない。スタンピードが発生したとき、君はこの街にいなかったんだよ?」
トン、と軽い音がして大きな影に覆われたのはこの直後だった。
「だからこそ、今は慎重に動くべきです」
もう耳に慣れたネッドの声。壁のようにわたしの前に立っている。
「あ。さっきから上でこそこそ俺のこと見てた変態さん。ようやく顔を見せてくれたね」
「私は護衛ですので変態ではありません」
「へえ。まあいいや。俺は今リーナと話してるんだよ」
「あなたの用件は済んだはずですが」
「やだ。まだリーナと話足りないし」
「帰ってくださって結構ですが」
「今夜はここでご飯食べて行っていいって、さっき奥さんが言ってくれたし」
ちっ、とわかりやすくネッドが舌打ちした。あれ、ネッドが人前でこんな態度に出るのは珍しいな。
しげしげ眺めていると、ちょっとイラついた顔でネッドがわたしを見た。
「こんな駄犬、拾ってきてはいけません」
「ネッド、口が悪いわ。それに彼は良い人よ。とっても強いらしいし」
「強さはこのさい関係ありません」
「まあネッド、どうしたの?」
面白いなと思っていたら、思い切り頭を掴まれた。
「この戦闘狂をさっさと捨ててきなさい」
「もとの場所に捨てるには森を通らないといけないのよ。残念だけれど、無理ね」
あ。ちょっとミシッていった。痛いわ、ネッド。
「それよりネッド、喉が渇いたの。お茶はまだかしら?」
にっこり笑えば、何かを盛大に飲み込んだ顔で「かしこまりました」と頭を下げた。
すっごい、マズいものを食べた後のような嫌そうな顔でお茶の用意を始めたネッドに、ちょっぴりごめんねと心の中で謝った。
スヴェンがとても楽しそうに、わたしたちを見ていた。




