ギルマスの思い sideアーシェ
フレスカがリーナと冒険者を伴ってやってきたは昼過ぎのことだった。
ここのところ帰宅出来ていなかった俺としては、久々に会えたリーナが可愛くてしかたがない。
だが、今はそんな状況ではないのだ。
「どうして屋敷を出た、リーナ」
「こちらのスヴェンさんに報酬を支払うお約束をしておりました」
まるで人形のように淡々とした口調で、光すら浮かべない瞳。
心を凍らせたような瞳が、俺を静かにみている。
そんな目をさせたのはきっと、俺たちだ。
だが、そんな目をしていたら、こいつを知らない連中はきっと別のことを思うだろう。
まるで本当に魔物のようだと。
街は今二分している。
こいつが魔物と通じていて、自分たちを襲わせたと信じている連中。これは家族や自分が怪我をした連中がほとんどだ。
もう一方は、こいつが雇った異国の冒険者のおかげで被害が少なくすんだ。こいつは悪くない、という考えだ。こっちはほとんど被害を受けなかった連中だ。
声が強いのは前者で、どうやってリーナを血祭りにあげるかを真剣に話し合っている現場をいくつも目撃されている。
もともとリーナに対して良い感情を持っていなかった連中が集まっているため、今や彼女の両親になった二人でさえ危険な状況だ。
交代で家を警護しているが、それもいつまで続くかわからない。
正直なことを言えば、リーナには街の連中の怒りや悲しみが収まるまで屋敷にいるか、王都へ避難して欲しい。
下手に刺激を与えないでほしい。
リーナだけじゃない、リーナの家族のためにも。
「頭のいいお前のことだ。今の状況は理解しているな?」
「はい、わたしは外に出てはいけません」
それがわかっていてどうして。
「人に言づけることだってできただろう」
「わたしの口座はわたししか使えません。他の方ではお金をおろせないんです」
「金なら俺たちが工面してやる」
「冒険者にとってお金のやり取りは大切な問題です。他の方に代わっていただくことはできません」
これは誰だろう。ふとそんな疑問を持った。
「・・・街の連中を下手に刺激するなと言っているのが分からないのか」
「重々承知しております。ですので、この件が片付きましたら速やかに」
「だから!」
思わず怒鳴った俺の声に驚いたのか、リーナは一瞬体を震わせた。だがそれもすぐに収まり、何も映さない瞳が俺を見据える。
「それではこちらでも手続きできますでしょうか。終わり次第裏口を使わせていただきたい」
「俺はもうちょっと君といたいんだけど。あ、帰宅するなら護衛してあげるよ。俺を雇うといいよ」
「わかりました。では護衛依頼をだします」
「やった!」
何をほのぼのとしている。理解できない。
薄汚れたリーナの格好を見れば、ここに来るまでも大変だっただろうに。どうして。
「どうしてお前はわかってくれないんだ」
絞り出した声に驚いたのは俺自身だった。
赤い男が冷めた目を俺に向けるのが分かる。だが、リーナからも、そしてフレスカからも何の熱もない瞳が帰ってくるだけだ。
「手続きを」
リーナはいつからこんなに人形のようになってしまったのだろう。あの愛らしいリーナがこんなになってしまうほどのことだったのか。
俺は、初めて後悔した。
「リーナ。お前には失望した。屋敷に戻ったのち、謹慎を命じる」
いや、失望したのは俺自身に、かもしれない。俺はこいつの心を守ってやれない。きっと、誰も。
「・・・かしこまりました」
リーナはやはり淡々と頷いて、フレスカに手続きを頼む。終了したら深々と礼をして部屋を出て行った。
「どうすればよかったんだ」
「失望したってのはないんじゃないですか。彼女はまだ子どもなんですよ。理解できても納得できないことだってあるでしょう」
フレスカの声がわずかに苛立ちを滲ませる。
「今はマズいんだ。お前だってわかるだろう」
「ええ。そうですね。これで彼女はもうここに近寄ることもないでしょう」
これでよかったんですよね、と問う彼の声に、俺は頷くしかなかった。
今、この街の中で安全なのは屋敷の中だけだ。
だからどうか、もう外には出ないでくれ。せめて街が落ち着くまでは。
リーナの、あの光を閉ざしたような闇色の瞳がいつまでも瞼の裏に残っていた。




