屋敷の中で
お屋敷にやってきて早二日。
到着当初は温かい風呂に入り、ただ用意されたベッドで眠った。
昨日は旅先での出来事を奥様にご報告して、この街の現状も教えてもらった。
今日は何をするのかと思ったら、奥さまから刺繍に付き合うよう言われてかれこれ五時間ぶっ通しだ。
この体になって良かった点は、肩こりに悩まないことと、体力があること。
奥さまもわたしも喋ることもなく真剣に針を入れる。本来刺繍は楽しみながらやるものだ。こんなに鬼気迫る顔でやってはいけないらしい。
けれど奥さまも、もちろん私もそのまま。
「リーナちゃん、ちょっとお茶をいただきましょう」
奥さまはご自分の分を完成させてそう仰る。すぐにメイドがやってきて二人分のお茶とサンドイッチを置いて行った。
真剣にやり過ぎて昼食を忘れていたようだ。
「これはね、今回の件で負傷した方にお配りするものなのよ。我が家の家紋を入れてあるの。我が家があなたを支援しますから、どうか元気になってねという意味を込めているのよ」
使用回数は一度に限るらしい。
お金の援助、仕事の紹介、家族のことなど相談内容は様々らしい。
前回のスタンピードでも同じことをして、だからこそ街の人からは尊敬と信頼を集めているのだ。
国からの金銭的援助はあり得ない世界なので、こうして富める方たちが手を差し伸べるそうだ。
「奥さま。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「アレクなら現在方々走らせているわ。戻ってくるのは夜中ではないかしら」
先ほどまでと違いおっとり答える奥さま。わざとですか?
「・・・わたしは、いつになったらお屋敷から自宅に戻れますか」
「わからないわ。こればかりは旦那様がお決めになることですもの」
「そうですか、しかし依頼達成の報酬を渡さなければならいので、一度冒険者ギルドへ参りたいと思います」
困ったわね、と呟く奥さまの反応をジッと見つめる。
スタンピードで亡くなった人がいる以上、わたしはきっと街に出ないほうがいい。黒をもつわたしは、彼らの怒りや憎しみの対象になりかねない。
冷静に考えるとわかってしまうことだ。
だからきっと、家にはいられない。
もう二度と、わたしの家族はわたしを受け入れてくれないかもしれない。
「護衛をつけましょう。旦那様には私が伝えますわ」
「ネッドがおりますが」
「足りないわ」
彼でも足りない。それはあの森の中よりも街の中のほうが危険だということか。
「・・・ご配慮感謝いたします」
深々と頭を下げて、部屋を出た。
お茶もサンドイッチも、手を付けなかった。
その翌日、私は久々に冒険者ギルドへと向かった。




