依頼 sideスヴェン
花の香りに腕を引かれた俺は、思わず下に視線を落とした。
マントのフードを深々とかぶった少女が、俺の右腕の裾を掴んでいる。
新品の綺麗なマントだ。裾に花の刺繍がちりばめられている。お金持ちの家の子かな。
「あなた、冒険者でしょう? しかもランクの高い」
「・・・まあ、そうだね」
先月Aランクに昇格した俺は、パーティーメンバーと合流するために街の出口に向かっていた。
Bランク以上の冒険者は、スタンピードが起こったら問答無用で現場に駆け付ける義務を与えられる。距離が遠ければ除外されるが、基本的に数日で行けそうな距離なら拒否権はない。
冒険者を多く輩出する隣国ディドラ帝国出身の俺は、身内の中では小柄なほうだった。
いつも兄たちに馬鹿にされていて、このままでは悔しいので違う国でちょっと修行しようと思ってこの国に来たのだ。
気の合いそうな冒険者と期間限定でパーティーを組んで、ついに俺もAに昇格できた。ここから更に頑張ってSランクを目指すのだ。
本国では八年前にスタンピードを経験しているので、今回も恐怖ではない別の感情が心を絞めていた。
それなのに。
「わたしの指名依頼を受けてほしいの」
「これからスタンピードを止めに行くんだ。今度じゃダメかな?」
白い手だ。わずかに見える口元は緊張からか少し紫色になっている。でも形は整っていて、きっと結構美人な少女だ。
「スタンピードに関わることよ」
「ふぅん?」
「止めてほしいの。あの街の人を、救ってほしい」
「スタンピードは止めるよ、でも、どうして俺に言うの?」
そう言った俺に、彼女は少しだけフードをずらした。わずかに見える双黒。
驚いたな。黒い瞳に黒い髪。この国では生きずらいだろうに。
赤い髪に黒い瞳の俺でさえ、睨まれることがあるのに。
この国では黒は忌むべき色だ。
「あなたなら、話を聞いてくれそうだから。もちろんお金は払うわ。前金でこれ。残りは依頼を完了したら同じ額を払う」
しばらくしげしげと少女を見やる。
俺は表情が変わりにくいから、子どもには苦手意識を持たれやすい。
「お願い。私の帰る家は、あの街にしかないの」
街を助けて。
その真摯な願いは理解できる。だが。
「俺がスタンピードで死ぬとは思わないの?」
「あなたは強そうだわ。他の人とは足の運びが違うもの」
そこに目を付けるのか。
「んー。依頼はギルドを通してくれる?」
「今ギルドは私を受け入れない。その余裕がないから。だから、お願い」
「じゃあ俺が一緒についていくよ。きちんとギルドを通してくれないと依頼達成にならないからね。俺はS級に上がりたいんだ。お金はそのついでかな」
うちの家族は全員二十歳未満でSに届く。というか、Sランクに上がれないと勘当されてしまうから必死だ。俺は今十九だから、あと一年でSに上がらないといけない。
スタンピードのついでに金が稼げるのは俺にとって良い事しかなかった。
「・・・わかったわ」
少女はすぐにフードをかぶりなおし、今度は俺の手を握った。絶対に逃がさないと言われているようで、なんだかくすぐったい。
逃げたりしないんだけどな。
「で、君の名前は? 俺はスヴェン。ディドラ帝国から来たんだ」
「わたしはリーナ。よろしく、ディドラ帝国のスヴェン」
思いのほか、強い瞳に見返された。
これは楽しくなりそうだと、知らず口元に笑みが広がった。




