その頃森では sideシュオン
平時、森を抜ける際に最も恐れることは仲間割れだ。
だが現在、状況はそんなことよりも最悪に近かった。
「まさかこの近くでスタンピードが発生するなんて・・・」
アレクセイの顔に浮かぶのは恐れではなく、焦り。
婚約者を街に残しているらしい。この少年らしからぬ焦りように、いつも以上に実力を発揮できないでいるようだ。
我々の中で最も体力の低い兵士の男も、無駄口をたたく余裕もない。
勇者時代を共に過ごした騎士も、ずっと難しい顔をしている。
もう何年もこの森で過ごしたような錯覚に苦しめられながら、私たちは進んだ。
行き先は決まっている。だが、道がわからない。
スタンピードの影響で魔物や動物が移動し続けているため、下手な行動もとれず夜を待つ日も増えた。
日中動ける魔物もいれば、夜のほうが狂暴性を増す魔物もいる。
決して気を抜けない日々は我々の体力を極限まで奪っている。
「・・・我が娘は無事だろうか」
「いや、あんたの娘じゃないんで」
「この森を抜けた先の街だろう。一番に被害を被る街だ」
言われなくともわかっている、という顔で私を睨みつけたアレクセイ。
「リーナは頭のいい人です。無茶はしないし、そんなことはギルマスが許さないでしょう。問題は、本当に今あの街に彼女がいるか、ということです。我々はかなりの速度でここまで来ました。もしまだ彼女が森の中にいたら・・・」
悔しげに、心配そうに、何よりも悲しげに言葉を吐き出すアレクセイ。確かにその通りだと頷きそうになった時、今まで黙っていた兵士の男が口を開いた。
「里奈は確かに足が短い。でもあいつは特別だ。きっとかなり前にこの森を抜けてる。むしろ心配するなら、俺たち・・・いや、あんたたちから全力で逃げようとして別の街に避難している可能性がある。そうなったら安全確認は簡単じゃない」
「リーナがなぜ逃げるんだ!」
「王都って特殊な場所から全力疾走した前科があるんだ。それも想定するべきだろうが」
そうか、私は娘にしたい。いや、守りたいと思っている少女から全力疾走で逃げられたのか・・・考えると悲しくなるな。
「リーナはきっと、戸惑ったんだ。たとえ逃げられたのだとしても、幼い彼女に私は気持ちを押し付けてしまった・・・だからこそ、きちんと話がしたい!」
「よくわかんねぇけど、あんたもう、自分の気持ちは正直に伝えたんだろ? その上であんたを頼らなかった理由をきちんと考えろよ」
それは私にも刺さる言葉だった。
「そんなことよりも、今はもうじき尽きる食糧について考えよう。一気に森を抜けて街に入るか、多少の危険を冒してでも来た道を戻るか。今ならどっちにも進める。だって魔物たちは里奈の街を狙ってる。恐らく逆方向ならそこまで強い敵は、今はいない」
「彼女を見捨てろっていうのか!?」
アレクセイの叫びは皆が私も、もう一人の元勇者も思ったことだ。だが兵士が言うことも間違えではなかった。
そう、私たちが勇者と呼ばれる過去さえ持っていなければ。
「それはできない。私たちは引くことは許されない。慰問も兼ねているのだ。民を見捨てるわけにはいかない」
兵士は胡散臭いという顔を隠さず私をジッとみて、それから頷いた。
「・・・わかりましたよ、どうせ俺に拒否権はないんでね」
理解はしたが、納得はしていない顔だった。
「確かに、彼女の気配は未だ遠い。地図で確認しても街にいない可能性のほうが高い。だが森の中にいないことは確実だ。海の気配がするからそちらかもしれない。ならば彼女は安全なところにいるのだろう」
淡々と言えば、全員に怪訝な顔をされた。なんだ、なにが言いたい?
「なんでそんなことがわかるんです? 神殿の人ってそこまで把握できるものなんですか?」
アレクセイが嫌な顔を作って言う。なんて顔だ、お前は・・・
「いや、血の誓いを果たしている。どこにいても彼女の気配なら探れる。距離が王都より近づいたからさらにわかりやすくなった」
おや、なぜだろうか。目の前の三人からも距離を取られたような感覚がするのは。
「シュオン、お前・・・なんてことを!」
「彼女を隷属したのですか!?」
「違う。私が隷属したのだ。彼女には魔力がないからな。主の気配はある程度把握できる」
うわぁ、と気色の悪い生き物を見るような目で兵士が私を見た。
・・・なぜだ?




