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これは優しいお話です  作者: aー
   スタンピード
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スタンピード sideネッド

ゲベートの街が多くの魔物に襲われているという知らせは鷹文でギルドに届いた。

 救援要請のようで、ダルヤにいる冒険者も向かうことになった。

 街はそれまでの活気ある雰囲気から一転し、まるで葬式の最中のように誰もが下を向いている。

 その目は見ず知らずの者たちが魔物に襲われることを想像し、悲しげに伏せられていた。だが、ゲベートの街の次はここかもしれないという恐怖も同時にあった。

 これは災害だ。誰のせいでもない。だが、人の力ではどうにもならない。

 海に生きる者たちはいざとなれば船で民を逃がす手はずを整えていた。

 俺の前に座る小さな頭は動揺を見せることなく店長の話を聞いていた。

 こうなったからには、何が何でも俺たちを返すわけにはいかない。

 事態が収束するまでなるべく外にも出ないでほしい。今、黒髪を持つ彼女に恐怖と憎悪を向ける人間は増える可能性があるから。

 そう悲しげに言う店長の言葉に、しかし彼女は頷かなかった。

「なぜ、いつもとは違う場所から発生したのかわかりますか」

「残念ながら、我々には・・・」

 そう。と小さく呟いた次の瞬間、音もなく俺を見上げた。

「前回と、その前のことを詳しく知りたいの。調べてくれる?」

「大人しくしててくれるのであれば、いくらでもお手伝いしますよ」

「わたしが動くとややこしいのでしょ? ここで、良い子にしているわ。約束する」

 その落ちついた瞳が逆に不安をさそうのだが、この女はわかっているのだろうか。

「あんたに何かあったら、俺は死にますからね」

「みんなあなたを責めたりしないわ。それに、約束したでしょ?」

 違う、そうじゃない。

 この女は魔物の怖さを知らない。だからなのか、それとも全て覚悟の上なのか。

 前回はもう二十年ほど前のことだ。ゲベートの街は壊滅に追い込まれ、十数年かけてようやく復活したのだ。

 多くの人間が死んだ。家も畑も家畜も失った。

 だからこそ、いまだに黒は疎まれる。

「そうじゃなくて、あんたが居ない世界に興味はないので自分で首を切って死にます」

 そこまで言って初めて、こいつは表情らしい表情を浮かべた。

「ネッド、なんだか変態さんみたいだわ。愛が重いわね」

「・・・そうですよ、俺の愛は重いんです。お願いですからイイコにしていてください」

 わかったわ、なんてさらっと頷きやがって。ぜったいわかってない。

「あんたの好きな統計とやらのために方々走ります。夜には一度戻るので、夕食はこちらで」

「戻ったら一緒に食べましょう。お互いその方が安心でしょう?」

 俺の言葉にかぶせるように言ったその顔は軽やかに笑ったくせに、小さな白い手は震えを押さえつけるように強く握られていた。


 前回の被害は三つの街で、人、家屋、家畜、産業、全体で見ても七割減の被害だった。むしろよく立て直したものだ。このダルヤも他人ごとではなかった。だが海とつながるこの街だけは被害は最小に抑えられていた。

 スタンピードで恐ろしいのは、普段は温厚な家畜が狂暴化したり、子どもでも倒せるような魔物でも力が増してしまうことだ。

 見境なく襲ってくる敵に対処するには、そうとう強いやつか、数で押し切るしかない。

 もちろんゲベートでも毎年それらを想定して、祭りと称して集団行動の訓練など連携をとるためにできる限りのことはしてきた。

 生き残るための準備はしてきた。

 それでも。


「やはり前回以上の情報はあまりないわね。そして発生地点が変わったのは今回だけみたい」

 片手で食べられるようサンドイッチを大量に作ってくれた料理人に感謝しつつ、こいつは俺の持って帰った資料を、目をすがめて眺めている。

 その姿に、まわりのスタッフは驚いて目を見開いていた。唯一ノアだけは呆れていたが。

「リーナ、行儀悪いよ。こういう時だからこそきちんとしなきゃ。君が街を守るわけじゃないんだ」

「それなんだけど、ちょっとノアとネッドにそうだんがあるの」

 俺とノアは同時に叫んだ。

「ダメだ」

「まだ何も言っていないわ」

「リーナ! 君が動くとなんだか怖いことが起こりそうなんだよ! 君は一応まだ子どもってことになっているんだから、大人しく守られてなよ!」

 そうだ、もっといってやれ!

「でもゲベートにはお父さんたちがいるの。森で捨てられた私を拾ってくれた親切な人たちなの。もう会えないかもしれないなんて、絶対に嫌よ」

 その言葉にノアは一瞬動きを止めたが、それでもこいつはあきらめなかった。

「じゃあ聞くけど、なにができるのさ。君が下手に動けば、ネッドさんも危険にさらされるとこが分かってるんだよね? まさか、森を抜けてゲベートに戻るなんて言わないよね?」

「・・・」

 むぅ。と頬を膨らませるのは年相応で愛らしいが、そればかりは許可できない。

 いくらこの女を多くの魔物が恐れるとはいえ、それは平時の話だ。今は魔物だけに限らず多くの生き物が狂暴化していると考えるべきだ。

 そんな中に入っていっても普段通りの反応は期待できない。

 むしろ集中して狙われる危険性がある。

「でも、もしこの、今回のスタンピードが私のせいで場所が変わっていたら? 私があの森に関わってしまったからだったら?」

 俺はとっさにリーナの口を手でふさいだ。

 こいつ、大人しいと思っていたらそんな馬鹿なことを考えたのか。

「ちょっと冷静になってください、お嬢さん。いい加減にしないと、怒りますよ」

 悔しげに顰められた眉が、誰の目にも明らかだった。


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