気付いた時にはもう遅い sideギニラール
ずっと、同じところをさ迷っている気がして目印をいつもより多めに付けた後だった。
昨日歩いた場所を、今日も歩いている。
無限の森と呼ばれる魔物の生息地は、なんらかの理由で方角が狂うことがある。気づけば何日も同じ場所をさまよい、疲れ切ったところを狙われて死に絶える。そんな事例が後を絶たない恐ろしい場所だ。
我々も気付いた時にはもうその状況に陥っていた。
状況は、本当に最悪だ。
なぜならこの森に入ってより一層、パーティーメンバーの仲が悪化したのだ。
もともと出発の時点で悪かったのだが、今は一番マズイ。
それでも全員がそれなりの教養を、そして地位を持っているからか、目に見える問題はあまりない。ただ、会話がないのだ。
このような状況になった場合、互いが協力しない限り生き延びることは難しい。なぜならここは普通の森ではないからだ。
唾を飲み込んで私以外の三人を見た。
一人はこちらと目が合うと目礼してまわりを見渡す。この憲兵の男は、疲労感すら漂わせているが精神に余裕があるようだ。
問題はもともとの知り合いだった聖職者のシュオンと、同じ騎士であるアレクセイだろう。
二人ともむっつりと黙ったままだ。絶対に視線を合わせないまま来てしまったが、苛ついているのがわかる。
「ソウ」
「はいはいっと、なんですか。やっぱりあの道昨日通ったやつですよ。東に行きますか?」
「皆と、ちゃんと話がしたい。今日はこのままここで待機しよう。闇雲に動くのは危険だ」
「何を言っているのですか! 早く森を抜けましょう!」
「そうだ。このままでは襲われる心配もあるだろう」
アレクセイが言えばシュオンも続ける。案外気があうんじゃないかと意地の悪いことを考えてしまう。
「お前たち、ここがどこかわかって言っているのか? いい加減にしろ。シュオンも、そしてお前も、この森は初めてではないのだろうが。危険性も分からずこの状況を続けるつもりならば、私は一人でも帰るぞ」
「あ、じゃあ俺もお供します。そろそろ自分の仕事に戻りたいんで」
ガキ共が心配だし、と飄々とぬかす男は無視した。
「確かに、この状況はよくないとわかっています。それでも私は、リーナがこんな男の養子になることは反対です! だいたい、リーナには父親がいるんですよ!?」
「父と言っても、そちらも義理であろう。私でなにが問題だというのだ」
こんな風に二人の会話は平行線だ。
ため息すら隠せない私を、ソウと名乗った男は静かにみやり、そして鼻で笑った。
「何がおかしいんだ」
八つ当たりのようにアレクセイが睨みつければ、男はいや、と落ち着いた声で首をゆるく振った。
「あいつが二人から逃げられた理由がよくわかる旅だなと。こりゃ、どんな女でも嫌になって逃げるわ」
心底馬鹿にしたように言い捨てるソウも、実は限界だったのかもしれない。
二人は絶句し、それから悔しそうに足元に視線を落とす。
確かに言い返せないだろう。それだけ、この二人は無様な姿をさらしている。
「そもそも、あなたはリーナのなんなんですか。どうしてあんなに仲がいいんです」
「俺は遠慮する必要がないからじゃないのか。大した身分もなく、天涯孤独の身だ。誰も俺のことなんて気にしないし、だからあいつも自然体でいられる。あんたらの前のあいつは借りてきた猫みたいに大人しく見えたんだろうが、あいつは結構獰猛だし行動力ありすぎるし、なにより食にどん欲だし、人の金だろうが遠慮はない。つまり何が言いたいかっていうと、俺の前では遠慮しなくていいから楽だったんだろうよ。でもあんたたちは違う。いちいちお奇麗な恰好して、いちいち歯の浮くセリフを吐いて、それが好きな女もいるだろうが、あいつは違う」
あいつはもっと自由に生きたいんだよ。
静かな声があたりに落ちた。




