我慢が癖になっている子ども sideフレスカ
僕はフレスカ・イホス。ギルド職員になって早数年。母親ゆずりの新緑の髪と瞳。そして線の細さから、女冒険者や一般人の対応に当たることが多い。
数か月前、とある危険な森から少女が救出された時も僕が対応した。
その少女は黒い瞳と髪を持っていて、ギルドに入った時から異質な存在として認識されていた。
何人かの冒険者はいつでも武器を抜けるように警戒していたし、僕も最初は酷く困惑した。
だけど、質問を重ねるうちにこの少女がこちらを警戒していること、今後どうなるかの不安を小さな体にため込んでいることに気付いた。
なるべく優しく問いただしたつもりだったけど、最後に、今は養父となったラティーフさんが声をかけるまで作り物めいた顔を保っていた。
静かに涙を流した姿は今でも覚えている。
人は、こんなふうに静かに泣くことも出来るのだと初めて知った日だった。
あの日はギルドマスターが会合にでかけていていなかったけど、あとで報告すると次は自分も会うと言っていた。
少女の事は街中に素早く広がった。
たった数日だけど、何度か市場でも目撃情報が上がってきて、そのどれもが買い物を拒否されたということだった。
酷い時には水をぶっかけて追い返した店主もいたらしい。
たぶんこれは、ラティーフさんは知らない事実だ。
彼女は毎日夕方になるとギルドの建物のそばでラティーフさんを待っている。
着古したボロボロの上着で顔を隠して、ラティーフさんが戻ってくると嬉しげに駆け寄るのだ。
市場の連中はラティーフさんには酷いことをしないから、二人はいつもこの時間から買い物をしている。だけど、わざと意地悪をする人は後を絶たない。
売り物にもならないクズ野菜が高値で売られるというのだ。いくらなんでも酷い。
そしてラティーフさんはそれに対して何も言わないのだそうだ。
彼女を二度目に直接見たのは、しばらく経ってからだった。
外でラティーフさんと下級冒険者のグリノラが言い争いを始めた瞬間、ラティーフさんを止めようと出てきた。
その必死な様子に、そして悲しい言葉に、誰もが傷ついた。
我慢することに慣れている。慣れきってしまって、それが我慢だと思っていない。
そんな印象を受けた。
それからギルド内では彼女を支援してはどうかという話が出て、ギルドマスターが“見守り隊”なるものを勝手に結成したので便乗させてもらった。
彼女に必要そうなものを各自用意して定期的に送るというのだが、何を思ったのか隊長は毎日勝手にプレゼントを始めてしまった。僕だってもっと送りたいけど、月々の生活費もあるし・・・と思っていたら、彼女がわざわざお礼に来てくれた。
「いつも、いろいろくださってありがとうございます。これ、つまらないものですが、お礼です」
なんと手作りのお菓子だそうだ。そんなの、材料も手に入らなかったろうに・・・!
「あの、あのね、アーシェおじちゃま。いつも、いろいろくれるのは、本当に嬉しいの。でも、もういいから、あの、これ以上はもういいので」
「うん?」
「わたし、十分すぎるほどもらいました。だから、もう大丈夫です。おじちゃまたちのキモチは、十分伝わって来たの。だから、もうこれ以上わたしを甘やかさなくていいの」
ああ、この子にとってはそれすらも負担でしかなかったのかもしれないと、少し悲しかった。
どうしたらこの子に笑ってもらえるだろうか。
どうしたら、この子が当たり前のように僕たちの気持ちを受け取ってくれるだろうか。
そんなことを考える日々が続いたある日、彼女はもう一度やってきた。
見守り隊のメンバーがそっと彼等の様子をうかがっている。
ギルドの仕事? 大丈夫、冒険者なんて待たせておけばいいんです。
「トトリであったこと! 俺たちは知っている!」
そう、みんな知っているよ。
君がどれだか傷ついたか、そしてシシリーさんがどれだけ後悔しているか。
あの後、シシリーさんが泣きじゃくって慰めるのにとても時間がかかったことは公然の秘密だ。
旦那さんを魔物に殺されてからの彼女は本当につらそうだった。黒い髪と瞳の少女が悪くないとわかっていても、どうしても魔物と重ねてしまうのだろう。
「・・・きにしてくださったんですね、ありがとうございます」
きっと彼女はこう続けるのだろう。でも大丈夫ですよと。だけど我らが隊長はそれを許さなかった。
彼女の両肩を掴んで言い聞かせるように口を開く。その拍子に彼女のフードが外れてしまった。久々に見る顔には隈が出来ていて痛々しい。
もしかして夜も眠れていないんじゃないか?
「君はまだ七歳だ! 無理に大人にならなくていい!」
ぽかんと口を開けて隊長を見つめる少女。そうだ、君はまだたったの七歳なんだ。
「シシリーの旦那は魔物に殺された。だから彼女が必要以上に君に対して警戒する気持ちはわからんでもない。だが、君はただの女の子だ。魔物ではない! なんでもかんでも我慢するな、それは君のせいじゃないんだ! 冒険者は十一歳からだ。君はまだ七歳だ。つまり子どもだ、わかるか? 君は、ただの子どもでいていいんだ」
「でも、わたし、とてもよくしてもらっています」
不安そうな表情がわずかにゆがむ。
「当たり前だろう! まだ子どもなんだからな、大事にしてなにが悪い! だいたい俺達冒険者は親を魔物にやられた子どもや、旦那を亡くした女には一定の支援をしている。冒険者は毎年それなりに金を払って支え合う制度が確立されているんだ!」
本来なら、庇護者がいない人のための措置なんだけどね。それに俺達は見守り隊だ。
「それに、俺は君の見守り隊の隊長だぞ。堂々とこれからも甘やかせて俺がいないと生きていけないくらいにしてやる」
あ、それは卑怯だ。僕は思わず立ち上がって彼等に近づいた。
「ちょっとギルマス、いえ隊長。我々も見守り隊の一員なんですからね。なに自分だけ恰好つけているんですか」
「いいじゃないか、フレスカ! 俺は隊長だぞ!」
「だからって一人だけお菓子もらってズルいですよ。僕にもください」
「くっ、後でわけてやらんこともない」
「あ。やっぱり! ずるい、卑怯ですよ!」
「ええい、うるさい!」
この人は、この子限定で馬鹿になるから最近ちょっと楽しい。
「あの・・・」
リーナさんが僕を見て不安そうにしている。
「こんにちは、リーナさん。先程もお会いしましたね。僕はフレスカっていいます」
「リーナです」
ペコリと下げられる頭が小さくて可愛いので、ついつい撫でてしまった。
「ふふ、お利口さんですね」
「え・・あ・・・・あの・・・」
「あ、すみません。勝手に女の子の頭を撫でちゃ駄目ですよね。つい、僕、兄弟が多くて小さい子にはついやっちゃうんです。嫌でしたか?」
ちなみに兄弟は全員成人済みなんだけどね。
隊長やほかの見守り隊のメンバーが何か言いたそうにこちらを見たけど、一切無視してやった。




