マーレ号
その船はとても大きかった。
青と白の船体には遠くからでも良く見える金色の線が三本伸びて、何枚もある濃紺の帆は風にはためき力強い印象を与えた。
もしかして危ないこともやるのか、よく見ると大砲のようなものがいくつもあった。
思ったよりは大きい。船の全長は百メートル近いかもしれない。数十人は搭乗しているのだろう、時々人影が走っている。
わたしたちは商会の仕事を終えるべく船員に声をかけ、荷物を確認した。数はばっちり。荷物に傷も汚れもない綺麗な状態だ。
この船の人はいつも丁寧な仕事をするとノアが嬉しそうに言った。
すぐに商会の、大人の男が数名で荷物を運んでいく。あとは代金を支払うだけだった。簡単な仕事だ。むしろ荷物を持って帰ってからの仕分けなどのほうが大変だろう。
ふう、とため息をついた時だった。
「プリーティア?」
そこに居たのは、灰色の髪に黒に近い紺色の瞳のダンディなオジサマ。優しげに瞳を細めると、わずかに首を傾げた。
「ああ、申し訳ない。あまりにも知り合いに似ていたもので」
声は少し高めだけど、中々いい男だわ。
十八世紀の男性が来ていそうな、ちょっとゴシック風の茶色のトレンチコート。白いシャツは胸元を二つ目のボタンまで開けて、喉仏が・・・
「お嬢さん、どこを見ているんですか」
「ごめんなさい。こんなに素敵な方は初めてお目にかかったわ」
素直に言えば、何故かネッドの米神がひくりと動いた気がした。
「褒めてくれてありがとう。これでも昔は海賊だったのだよ。だからほら、今でもこの街に来ると海軍に見張られてしまう」
そう言って、彼が視線を横にずらすと、わざとらしいほど分かりやすく海軍の人がこちらを睨んでいた。
気崩した服装が、どちらかというとヤンキーにしか見えない。
「まあ、全然そんなふうに見えないわ! こんなに素敵な海賊さんさったら、一度はさらわれてみたいわね!」
「お嬢さん。今夜はじっくりお話ししましょうか」
おっといけない。ネッドが怖い。
「ふふ、そんなことは冗談でも言ってはいけませんよ」
オジサマは私にそっと顔を近づけて、耳元でささやいた。
「昔あなたに似た人を他人に奪われたことがありました。もし、あなたが彼女ならば、私は二度と奪われないようにあなたを船に閉じ込めてしまうでしょう」
声に色気を乗せたその人は綺麗に笑って、私の髪を一房取った。
「あなたの名は?」
「リーナよ!」
「残念。彼女ではなかった」
僕はフェルディ・イグナーツ。どうかお見知りおきを、美しいお嬢さん。
彼はそう言って、とても楽しげに笑った。




