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1「俺を呼び寄せた奴を殺す」

 ここはどこだ。


 俺は奴らを倒すため、いつものように旅を続けていたはずだ。


 ――そして、また負けた。


 遠く力及ばず、宇宙そのものごと潰されて死んだ。


 だが単なる死が、運命に呪われた俺の人生を終わらせることはない。

 奴らを倒すという執念のある限り、俺が本当の意味で死ぬことはない。


 なぜなら俺は……俺たちは、そういう存在だからだ。


「今回」の宇宙では敗北に終わったが、また「次」が始まる。

 運命は繰り返す。

 俺だけがいつまでも消えない記憶を持ち、戦い続けている。


 そう。本来ならば、俺は「次」の宇宙で蘇るはずだった。


 ……おかしい。こんなことは初めてだ。


 周囲は「再復活地点」である地球ではなかった。

 いや、目の前に広がる荒野ならば、まだ地球上でもあり得た話だったが。

 地球とは明らかに違う点として、ここは魔力を持った生命に満ちている。

 そして感じ取れる世界の大きさは、地球よりも遥かに広い。


 どうやら場所を間違えたか。もしや時代も違うのだろうか。


 何にせよかつてないイレギュラーだ。

 あるいはこのイレギュラーが、何かの光明になれば良いかとも思ったが。


 そんなささやかな希望と静寂は、突如降って湧いた子供のような声によって台無しにされる。


『あれー? おかしいなあ。どうしていきなり現実世界に現れているのだろう』


 思念波か念話の類いか。

 誰にも聞こえないと高をくくって独り言を放っているが、俺にはばっちり聞こえている。


『これじゃチュートリアルもできないよ。どうしよう。とりあえず仕切り直そうかな』


 目の前が割れて、白い空間が広がろうとしていた。

 突然、そいつが俺を別の空間に連れ去ろうとするので――。



 無効化。キャンセルした。



『え? はあ!?』


 謎の声は動揺している。まさか俺の仕業とも気付かずに。


『いや、いやいや。おかしい。本格的におかしいよ』


 おかしいのはお前だ。いきなり何をする。

 経験上、固有空間を展開する能力に捕まってしまうとろくなことがない。一方的に不利な立場を強いられる。

 事前に合意を得てからならまだしも、何の説明もなしに巻き込もうとするとは。

 まともな奴じゃないな。警戒を強める。


 しばらく頭を悩ませていた謎の声は、やがて勝手に一人で納得した。


『原因がわからないけど、まあいいか。ちょうどここ、誰もいないみたいだし』


 どうやら俺に話をするつもりのようだ。

 俺から話しかけてやっても良いが、何しろこんな経験は初めてだ。

 ここは相手の出方を見たい。少し待つ。


『そこの少年。僕の声が聞こえるかい?』


 最初から聞こえていたけどな。

 あえて今気付いたふりをして、声のする方を見上げる。

 ようやく姿を現したそいつは、人に極めて近い形こそしていたが、どうやら人ではないようだ。

 不自然な光を纏っていて、いかにも神々しい見た目をしている。ご丁寧に白い羽まで生やしており、「それっぽさ」はある。

 そいつは俺の顔をまじまじと見て言った。


『うわあ。随分怖い目をしてるねえ。まるでこの世のすべてを恨んでいるような……。本当に大変な前世だったんだねえ』


 言葉の上っ面だけは同情的だが、内心では絶対馬鹿にしている。

 今の俺では直接相手の心のすべてを知ることはできないが、クソみたいな悪意だけは透けて見えた。


「お前は何者だ」


『あ、そうだった。まだ名乗ってなかったね。僕は天使さ。全知全能なる神の使いマケリス』


 天使ときたか。

 それっぽいと一番に思ったら、まさにそれだった。

 嘘を吐いている様子でもない。俺に嘘を吐けば、すぐにわかってしまうから。

 だが、妙だ。

 概念上の存在としてならともかく、真面目に本物の神や天使と名乗るような者は、俺の知る限りはいなかった。

 俺の知る宇宙には、創造主はいても神はいない。

 この世の何より格上でも、全知全能にはほど遠いあいつは、自分を神とは名乗らない。

 どうやら常人ではないことは、こいつが通常の意味での肉体を持たない存在――いわゆる精神体やアストラル体といった存在であることからわかるけれども。


「お前の目的は。ここはどこだ。なぜ俺の前に現れた」


 淡々と問いを投げると、天使マケリスは笑った。


『せっかちだねえ、君は。まあ君みたいに落ち着いていると話が早いかな。大抵の人は異世界に転生したという事実を認められずに、取り乱してしまうからね』


「異世界転生だと……?」


 息を吸うように異世界転移を繰り返してきた俺だが、転生などと表現される状況は初めてだ。

 確かに死にはしたが。俺たちのそれを普通、転生とは呼ばない。

 ただ別の場所で蘇る。それだけだ。

 今回に限って、一体何が起きた。


 俺の怪訝な反応に気分を良くしたのか、マケリスはにやりとした。


『まずは僕の仕事から話そうか。僕の仕事はね。地球でろくに学校に行けなかったり、仕事に就けないままの――いわゆる引きこもりやニートってやつだね――そのまま死んでしまった可哀想な魂を連れてきてあげて、この新しい世界で新しい素敵な人生を送ってもらうことなんだ』


 さも素晴らしいことのように語るマケリス。


 なるほど。確かに名目上、条件は合致している。

 元は地球にいたし、環境のせいで学校や仕事に行けなかったのは本当だ。

 何しろずっと宇宙の星々を旅していたからな。

 少年と言われる姿のままではいるが、どれほど永い時を生きたことか。調べればわかってしまうが、考えたくはない。


『君は、うん。そんな目をするくらいだ。さぞかしつまらない人生を歩んでいたんじゃないかな』


「……確かに、面白いものではないな」


 果てしない破壊と殺戮と闘争の人生を。

 それも負け続きの人生を面白いという奴がいるなら、この上なく狂っているだろう。


『だろうね。そうだろうね。君は不幸で可哀想な人間だった。でももう終わりさ。今度の人生は違うよ。僕が力になるからね』


 マケリスは見た目ばかり神々しいオーラを放ち、人を安心させるような優しげな微笑みを浮かべる。

 噛み合っているようで、まったく噛み合っていない会話。

 まあ、わかったことはいくつかある。

 なぜ俺が馬鹿にされていると感じたのか。答えはこいつ自らが語っていた。

 引きこもりやニートだと。取るに足らない人間だと思われていたからだ。

 人を見かけで判断するとは、なんて薄っぺらい奴だろうか。

 俺は逆にこいつを軽蔑した。

 こいつによれば、俺は死んだ後、神や天使を名乗るこいつらにここへ引っ張って来られたことになる。

 それも手違いで来てしまったのではないかと思われる。

 まったく迷惑な話だ。

 正直さっさと帰りたいところだが、ここがどこかわからなければ帰りようもない。

 それに俺の予想では、簡単に帰れるような場所とも思えない。

 それにしても。

 こいつは俺を目の前で見てもまだ、ただの引きこもりやニートとしか思えないのだろうか。節穴もいいところだな。


 諸々の呆れと困惑はあるものの。

 一度だけは不問にしてやろうと胸にしまい、俺は再び問いかけた。


「力になるとはどういうことだ」


 よくぞ聞いてくれたと、マケリスは得意になって語る。


『異世界の環境は、地球人にとってはそのままではあまりにも厳しいからね。そんな君たちでも大活躍できるように、いわゆるチート能力ってやつを一つプレゼントして――』


「――そんなものは必要ない」


 強い憎しみを込めて、俺はこいつの言葉を遮る。

 与えられるだけのチート能力など。そんな呪いなど、一つだけでたくさんだ。


『え? どうして?』


「なぜなら俺は強いからだ」


 端的に事実を述べる。

 俺は既に自分の能力を持っており、永い時をかけてそいつを徹底的に磨き上げてきた。

 未だどうしても敵わない相手はいるものの、ほとんどあらゆる相手に対して遅れを取らないどころか、圧倒できる自負はある。

 今さらこんな節穴に渡される程度の能力など必要ない。それにどんな罠があるかわかったものではない。


 何もわかっていないマケリスは、ただただ呆れている。


『君ねえ。いくら地球で自信があったって、そんなものはこの世界――セントバレナじゃ何の役にも立たないよ。魔法だってあるし、怖ろしく強い人間や化け物だっているんだよ? たかが銃一つで死ぬような生の人間じゃ、いくつ命があっても足りないよ。僕としては、素直に力を授かっておくことを強く勧めるけどね』


 それは確かに正論なのだろう。相手が何の経験も覚悟もない一般人であればな。


「では逆に聞こうか。お前の言う可哀想な魂に手を貸したところで、お前たちにメリットがあるとは思えないのだが」


『メリットなんか要らないさ。迷える不幸な人を助け導くことが僕らの使命なんだよ。君たち人間がこの世界で不自由なく生きることが、僕たちにとっての幸せなんだ」


 人の世をより善く導くためのチート能力なのだと。君は選ばれたのだと、べらべらと綺麗事ばかり並べ立てるマケリス。


 ――嘘だな。


 まったく事実がないわけではないが、こいつは何か大事なことを隠している。不都合な真実を。


「わかった。もういい」


『わかってくれたかい? なら、僕の手をとって――」


「取るわけないだろう」


『なぜだい?』


 もう我慢も終わりだ。

 そして不毛な会話も終わりにしよう。自分でもよく我慢してやった方だと思う。


「お前から悪意しか感じられないからだ。なぜそんな奴の頼みを聞かなければならない」


『ひっ!?』


 俺が睨みを強めると、マケリスはたじろいだ。本能的に恐れたのだ。

 それでもこいつは、震えながらも弁解する。


『な、何を言っているのかな。僕は善意で君に提案しているんだ。本当だよ』


「いいや。俺にはわかるのさ。お前は嘘を吐いている」


『嘘なんて! それにいいのかい? 本来なら君は死ぬはずだったんだ。ここで僕が助けを打ち切れば、君は今度こそ本当に死ぬことになるんだよ?』


 安い脅しだ。矛盾に気付く余裕もないらしい。


「俺はとっくに二の足で地に立っているのにか?」


 マケリスはしまったと顔を歪める。

 本当はお前が連れ去るつもりだった白い空間で言う台詞だったのだろう。

 そこでなら、死んでいると言われれば信じた奴もいるかもしれないな。


『と、とにかくだ! 圧倒的な力がもらえるんだ。悪い話じゃないだろう!? これが最後のチャンスだ。君は僕の提案を聞くべ――』


「逆だ。最後のチャンスはお前の方だ。いいか。一度だけだぞ」


 俺は指を一本だけ立てて宣告する。


「洗いざらいすべてを話せ。なぜこんなところへ俺を呼びつけたのか。お前たちの目的は。すべてだ。そうしたら命だけは考えてやろう」


 冷たい声で最終勧告を突きつけると、ついに天使は本性を現した。


『……ふう。下手に出れば調子に乗りやがって。残念だ。残念だよ。どうやら君は不適格のようだ』


 マケリスは歯をむき出しにして嗤う。


『それもそうか。ろくに社会に適合もできないクズなんだもんな。こんなクソ虫どもの相手なんかさせられて、僕はなんて可哀想なんだろう』


 マケリスは嘲るように嗤い続ける。

 そしてさも当然のように言った。


『君には死んでもらうよ。君も馬鹿だったね。生意気な態度を取ったりなんかして。なまじ逆らわなければ、僕らの駒として幸せに生きられたのに』


「…………」


 なんだこいつ。まだ正確な状況がわからないのか。

 呆れて言うべき言葉も見つからない。


『じゃあな。ゴミクズ』


 マケリスが指を弾く。俺の周囲を消失の波動が包む。



 そして俺の存在は、無へと消えたりは――当然、しなかった。



「なあ。今、何かしたのか」


『は……!? はああっ!?』


 天使は素っ頓狂な声を上げた。

 苛立ち、もう一度強めに指を弾く。


 やはり何も起こらない。俺が起こさせない。


『なぜ何も起こらない! さっきからどうなっているんだ!』


 何度も指を弾き、しまいには両手をこちらに向けて念じ始めたが、もちろん何も起きない。

 攻撃がまったく通用しないことに狼狽し、こいつは頭を掻きむしり始めた。


『そんなはずはない! 絶対に何かの間違いだッ!』


 滑稽な姿は哀愁を誘うほどだ。くすりともしないが。


 まったく何をするかと思えば。本当に呆れる。

 お前は知らないし、俺が教えてやるいわれもないが。

 俺が元いた宇宙では、それこそ星の数ほどのチート能力者と戦いを繰り広げてきた。お前などよりずっと強い奴もいた。

 たかが消滅攻撃など。

 遥か昔に経験済みだ。完全耐性が付いている。


 さて。こいつはまだ自分の立場がわかっていないようだ。

 とっくに許される限界は越えている。

 まさか攻撃までしてくれるとはな。元から99%クロだったが、これで完全に決まりだ。


「つまりお前は。俺の敵というわけだ」


 言い終えるまでに、俺の手によって無から創られた剣――あらゆるものを斬る黒の剣は、既にマケリスの腹部を刺し貫いていた。

 こいつの反応速度では何もわからなかっただろう。

 己の身に何が起こったのかさえ、理解するのにはあくびが出るほどの猶予が必要だった。

 ようやく身に走る痛みを理解したとき、天使は情けない悲鳴を上げた。


『うぎゃああーーーっ! いだい! いた゛い゛い゛だい゛! なんで! どうして、この僕が!? 上位存在であるこの僕がああっ!』


 たとえ精神体であろうが関係ない。

 俺が斬ると決めたならば。この剣はまともに当たりさえすれば、必ず敵を斬る。


 すべてを殺す黒の力。

 それが俺の能力――【神の器】の一つの到達点だ。


 ついでに言えば、俺は恐ろしいほどの手加減を加えていた。

 ほんの塵の一つ分でも力を込めれば。星なども容易く斬るこの剣は、こいつの全存在を跡形もなく消してしまう。

 それにはまだ早い。

 泣き喚く天使の首根っこを掴んで、耳元で語りかける。


「おっと。まだくたばるんじゃないぞ。お前には色々と聞きたいことがある」


『ぐああっ……! 誰がお前なんかに話すものか! この悪魔めっ!』


 悪魔か。中々皮肉が効いているじゃないか。

 お前が天使で俺がお前の敵なら、なるほど悪魔かもしれないな。

 だが今はそんなことはどうでもいい。


「お前なあ。まだ自分の立場をわかっていないのか」


 突き刺した黒の剣を軽く捻る。

 マケリスは絶叫を上げ、痛みに藻掻いた。

 精神体であれば、そもそもまともなダメージを受けたことすらほとんどないはずだ。直接精神を焼かれる痛みは到底我慢ならないだろう。

 俺は無様なこいつを無感情に見つめながら、ただ淡々と語りかける。


「話す気にはならないのか」


『言ったはずだ。お前に話すことなんか、ない!』


「……そうか。別に話したくなければ、話さなくてもいいさ。その場合は――こうやってな」


 再び黒の剣を捻る。

 削り取られる自身そのものに、マケリスはまたも悲鳴を上げた。


「こうやって、これを続けて……いつまで続けてもいいんだぞ。お前が壊れたら、記憶だけ奪えばいいのだから」


『な……!』


 逆らう意思のない相手から記憶を奪うことなど朝飯前だ。

 もうお前に希望などない。

 さらに黒の剣を捻る。

 マケリスは苦痛に泣き叫び、ついに涙が止まらなくなった。


「さて、お前はいつまで耐えられるかな。散々舐めた真似をしてくれたんだ。そう簡単に楽になれると思うなよ」


『ひ、ひいいっ!』


 そして拷問は続く。

 精神体を抉ること三十を数えた辺りで、とうとう天使は根を上げた。


『待てっ! やめてくれえっ! 話す! 話すよ! 話すからああああーーーーっ!』


「やっと話す気になったか」


 威勢の良かった割に、たった三十回でギブアップとは。

 情けない奴だ。最低記録に近いぞ。

 まあ言ったことくらいは守ってやるか。

 黒の剣は突き刺したままだが、攻撃の手だけは止めてやる。

 するとよほど安堵したのか、恐ろしかったのか。

 マケリスは保身の一心で、堰を切ったように何でも話し始めた。


 そうして俺はこいつらの正体と、この世界について簡単に知ることができた。


 想像通りだったが、やはり俺は元の宇宙から外れてまったく別の宇宙にいるらしい。

 面白いことに、たった一つの超巨大世界だけがこの宇宙には存在している。


 名を『英雄の世界』――セントバレナ。


 限りない資源と極めて高濃度の魔力要素に恵まれ、恵まれた環境で生まれ育った力強い生命に満ちた豊かな世界。

 文明は地球の中世~近世レベルながら、数多くの人間も暮らしており、それぞれの産業セクターに分かれてギルドを構成している。

 冒険者ギルドなんかもあるらしい。


 そして、神と天使とは。

 遥か古より、この豊かな唯一世界の実質的支配を外から狙う簒奪者のことだった。


 何でもこいつらは、元は別の宇宙の高次存在だったらしい。

 だが本来の住処からは追い出されてしまい、虚空を流されていたという。

 あるときこいつらは、偶然流れ着いたこの世界に目を付けた。

 しかし存在の次元が異なるため、そのままでは降りてくることができない。

 この世界の万物はこの世界で循環しており、「外」の存在である彼らでは、直接影響を及ぼすこともできなかった。

 そこで目を付けたのが、さらに別の宇宙の存在だった。

「外」で素質のある魂を持った人物を見つけ、そいつが死んだ瞬間にさらってくる。

 同じ「外」の存在であり、さらに死んだ直後であれば、取り憑くのには都合が良いらしい。

 取り憑かれた者は、高次存在に力を付与され、いわゆるチート能力者として目覚める。

 そして当人は何も知らぬまま、こいつらに体の良いように誘導されるのだ。

 彼らはこの世界で好き勝手のつもりで生きて、この世界の原生生物に多大な影響を及ぼして死んでいく。

 それだけではない。

 死んでからは、この世界セントバレナにおける異物として、ガン細胞のように巣食い循環を続けるのだ。

 こうして世界のシステムは汚染される。

 やがて汚染が一定の段階に達したとき、元いる世界の生物は一切生まれなくなり、こいつらにとって理想の世界になるのだという。

 そのようなあさましい狙いを持って、太古より原生人の間に超越的異物――英雄は生まれ続け、世界は造り替えられてきた。

 セントバレナが『英雄の世界』と言われる由縁なのだった。


 ……なるほど。クソだな。反吐が出そうだ。


「で、俺がこんな話を受けて。素直に協力すると思うか?」


『思わないよ! もういい。わかった! 僕は君から手を引こう! だから見逃して――』


「ダメだな」


 いつも冷たい俺の声が、さらに冷たくなっていくのが自分でもはっきりとわかった。


『なんで!? 僕はちゃんと喋ったのに!』


「考えてやると言っただけだ。お前はとっくに最後のチャンスを逃している。それに」


 真実を知って、何よりも許せないことがあった。

 こいつらは俺の逆鱗に触れた。

 それは――。


「俺はな。そうやって勝手に人の運命を弄ぶ奴が――最も嫌いなんだ」


 黒の剣にぐりぐりと力を込める。


『うぎゃあああああああああーーーーーーっ!』


 まだ辛うじて形を保っていた精神体は、徐々に輪郭を怪しくしていき、胸部から崩れていく。

 確実な死を与える。最大限の苦痛を与えながら。

 もはや己が助からないことを悟ったマケリスは、狂ったような高笑いと共に叫んだ。


『お前は! たった今、百万の天使と神を敵に回した! 僕の担当していたクズ野郎だけじゃないぞ! それに、ち、地球だけじゃない! ありとあらゆる世界から、極上の素質を持った者たちが、お前という敵を殺しに来るんだあッ!』


 それを聞いて、俺は安堵した。

 下らないと一蹴する。


「なんだ。たった百万でいいのか」


『はあっ!?』


「たった百万でいいのかと言ったんだよ。神と言うから、もっと途方もないスケールの軍勢なのかと考えていたんだ」


『お前、なに言って!?』


「なんだ。だったら――一人残らず殺せば終わるじゃないか」


『ぐ……お前は! お前は……っ! 馬鹿げている! ただの百万ではない! たった一人で、神の軍勢すべてを相手にしようというのか!?』


 そんなもの。


「お前は知らないだろうな。俺が元々相手にしてきたものの大きさを」


『な、に……!?』


 宇宙を司るすべてを。運命を。

 そんな途方もないものを相手に、俺は戦い続けてきた。

 それに比べれば、自称神の負け犬程度。何とかできなくてどうする。

 今はまだ直接そいつに――引きこもっている臆病者のいる高次元に届くほどの刃がないが。

 そのうち届いてやるさ。


「神とやらに伝えろ」


『が……あ……!』


 俺は宣戦布告する。売られた喧嘩は買うまでだ。


「お前たちの唯一にして致命的な失敗は、よりによってこの俺を呼び寄せたことだ。そして何より、俺を怒らせたことだ」


 自然な生を全うするはずだった普通の人々の運命を捻じ曲げていること。

 俺は決して許しはしない。


「そのうち殺しに行ってやる。俺を敵に回したことを――後悔して死ね」


 それがこいつの最期になった。

 マケリスの精神体は爆裂霧散し、この世のどこからも存在の証拠を消した。

 俺の剣で斬ったものは、この世界に留まることもない。異物として巣食うこともできない。

 まずは一人。天使を始末した。


「……ふう」


 誰もいなくなった荒野で。天を仰ぎ、溜息を吐く。

 綺麗な青空だ。これで平和な気まま旅なら本当に良かったのだがな。


 たった百万とは言え、敵も今後は警戒するだろう。

 手駒として利用されるチート能力者も、たまには厄介なのも混じってくるかもしれない。

 それなりに先の長い戦いにはなりそうだ。


 それから、元の宇宙へ帰る方法も探さなければならない。

 ただこれについては、まったく当てがないわけでもない。戦いを続けていけば、いずれ目当てには辿り着くだろう。


 俺は必ず元の宇宙へ帰り、奴らとの戦いを続けなければならない。逃げることは絶対に許されない。

 奴らの支配からすべての生きとし生ける者を解放し、俺自身も真の自由を掴むこと。

 それだけが、俺のただ一つの執念であり。願いだからだ。


 そんな俺の目的からすれば。実に無関係な、腹立たしい寄り道だが……。

 たまの憂さ晴らしくらいにはなるか。


「さて。一人ずつ見つけて殺していくか」


 かくして、俺と百万の天使――チート能力者たちとの戦いが幕を開けたのだった。

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