0-3 降臨-逃走
「出ないで⋯⋯?」
『そう!コンビニから出ないでって──何度も言ったのに⋯⋯!』
私に似た、というか私そのものの切迫した声が頭に響く。そう言われてもな⋯⋯。変に落ち着いた気持ちで落としたスマホを見下ろす。拾うべきか、いっそ捨ててしまうか。いや流石に個人情報だらけの端末を錯覚で捨ててしまうのは⋯⋯。錯覚?そうだ、この幻聴─幻覚の理由は何だろう。日中走りすぎたから?それともお腹が空きすぎて?さっき買ったご飯でも食べようかな。突拍子もない事態に直面した私の思考はひどく呑気で、レジ袋に手を伸ばしておにぎりを取り出そうとしていた。
『え、えぇえ!な、何してんのちょっと!』
バカじゃないの、アホ、バカ!そんな声が聴こえる。風貌と声は私そっくりだけど、性格が随分違うようだった。元気いっぱいだ。
「お腹空いたから」
『あ、そう⋯⋯。ってそうじゃない!今すぐ建物に戻って!』
「なんで?」
そう言いながらスマホを拾う。頭に響く声にも慣れてきた。そして拾いながら、あることに気がつく。駐車場に停まっているトラックや車。その窓ガラスに人が⋯⋯運転手でもない女の顔が映っている。
水を多く含んだ泥土の流れが一瞬ごとにその相を変化していくように、初めは目鼻のない妖怪の様に見えたそれらの顔は少しずつガラスの中で具体的な顔を形成していく。いずれも美しく、整った顔立ちだった。顔の上部に光輪が浮かんだ。
『あぁ、もうダメ!間に合わない⋯⋯!』
光輪が輝きだすのと同時にガラスの中から二体の天使が出現する。その光景に神々しさを覚え立ちすくむ私を尻目に天使たちは優雅に宙を舞い、互いに手を組み頬を擦り寄せた。
「なにあれ⋯⋯」
『初降臨の挨拶⋯⋯。同種同士なんて、おぞましい⋯⋯』
天使たちの交わりは熱を帯びていく。私は何か見てはいけないものを見ているような気になり、その場を離れようとした。
「そ、そういえば建物に戻れって言ってたよね」
『もう遅いわ』
え⋯⋯?──振り向き、コンビニの入り口に戻ろうとしたところで自動ドアから──もう一体の天使が誕生していた。背後にいる二体と同じ美貌、光輪、モデルのようにスラリとした八頭身のスタイル、ブロンド、身を包む白い薄布、双翼。そして⋯⋯
「!?」
光り輝く弓矢。表情を微塵も変えず当然の様にそれは発射され、手にしていたスマホを射抜く。端末下部を軽く持っていたため手に傷を負うことはなかったが、スマホは鈍い音と共に宙を舞い後方へ飛散した。
「ちょ、ちょっと⋯⋯!」
私のスマホ⋯⋯と抗議する間もなく脳に今まで聴こえていた声が響く。
『走って!肉片になるわよ!』
「くれ⋯⋯?えぇ!?」
走ろうにも天使に挟まれていては⋯⋯、そう思い周囲を確認するとそこはいつもと変わらないコンビニの駐車場になっていた。違う、上だ。三体の天使たちは先程同様互いの身体の感触を確かめ合うように交わり合っている。太腿を舐める者、胸を弄る者、髪の匂いを嗅ぐ者。闇夜の中で三者三様の愛撫は神々しい光に包まれていた。
『早く、早く走るの⋯⋯!間に合わなくなる⋯⋯!』
「どこへ!?」
駐車場を抜け闇雲に走り始めた私を確認したのか、天使たちが愛撫をやめ、美しい翼を羽ばたかせる姿が視界の隅に映った⋯⋯。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇