0-2 コンビニ-電話
目を覚ますと夜になっていた。部屋の暗闇が外の世界と溶け込んでいる。視線を動かして壁掛け時計を見る。23時だ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
このまま朝まで眠り続けた方が良いだろうか、と考えたところでお腹が鳴った。日中散々走った後に食事も摂らず寝てしまったのだから当然だ。生活習慣が崩れてしまう背徳感は目の前の食欲に敵わず、私は適当な格好のまま財布とスマホを持って近くのコンビニに出かけた。
一人暮らしを始めたばかりの頃に感じていた夜中の一人歩きに対する抵抗や不安は、いつの間にかなくなっていた。大学近くにある私のアパートの周りには私と同じ様に学生しか住んでいない。今日の夜道はとても静かだ。酒を飲んで騒いでいる連中もいない。
「⋯⋯⋯⋯?」
それでも、何かがおかしい。誰もいないと分かっているのに振り返らずにはいられない存在感があった。歩を進めながら素早く後ろを確認する。電柱、雑草、側溝、アスファルト、水溜り、コオロギの鳴き声⋯⋯。暗闇に包まれているだけで普段と何の変化もない夏の道⋯⋯。あまり注視すると意識が呑まれてしまう様な静寂。財布を握る手に少し力が入る。振り返ることを止めて足早に移動し、私はようやくコンビニにたどり着いた。日中ほんの数分で着くその場所が、途方もなく遠く感じられた。
店内に入る。すると、それまで感じていた纏わりつく様な存在感は消えていった。昼も夜も関係のない人工的な店内の明るさにひどく落ち着きつつ、夜食を物色する。そしてレジで精算を終えて出口に向かい始めた時、私の小規模な──夜にコンビニに行く程度の──日常は狂い始めた。軽快な電子音と若干の振動。スマホの通知音だ。
「?」
誰だろう、こんな時間に⋯⋯。通話以外の通知を切っているとても静かな私のスマホ。歩きながらポケットから取り出して画面を覗くと、そこには何も映っていなかった。真っ暗な液晶。映っているのは、反射している私の顔だけだ。通知が来たのなら数秒間その内容が表示されるはずだけど、気のせいだったのかな。そう思いながらコンビニの出口を出た時、反射している私の顔が突然叫びだした。
『────で⋯⋯!』
「!?」
その声はスマホのスピーカーからではなく、私の意識に直接響くように、画面の内側から発せられたようだった。驚きのあまりスマホが手から滑り落ちる。
『──ちょ、ちょっと─』
戸惑う声が聴こえる。その声は当然の様に私の声とそっくりで、「な、なにこれ⋯⋯」思わず戸惑いがそのまま口をついた。
『出ないでって言ったのに⋯⋯!』