第五十七話 出し抜かれた五賜卿①
---別視点---
─荒野の大洞窟─
それはインドラの矢が放たれる少し前の出来事──。
「わ、我は〝聡明〟なる存在。理を外れし者、ソギマチ!」
「はーい! 同じくぅ! ソギマチは〝知識〟のソギマチでーす!」
肌の色が違う二人の猫耳少女はカッコよくキメたあと、周りのうすい反応に戸惑ったようにキョロキョロと周りを見渡したかと思えば、今度はヒソヒソと話し合って互いの置かれている状況について確認し合った。そんな二人にアルデンテが嬉嬉として話しかける。
「やあソギマチちゃん! 捕まったって聞いて心配してたヨ。さあ、おいで。キミの半分に会わせてあげよう」
「アルデンテ様、恐縮ですが我々のマスターはもうアナタではないの」
たいそう嬉しそうに話しながら手を差し伸べるアルデンテを、白く透き通る肌の少女が冷たくあしらった。その代わり少女たちは長い爪をキリリと伸ばし、鋭さを見せつける。敵である証を示すように。
「現マスターと対立関係にあるアナタとは、たとえ半分がそちら側であったとしても共に歩むロードは存在しないの」
「んー、出来ることならアルデンテさまとは戦いたくない! だから大人しくしててね!」
白いソギソギに続いて浅黒い少女が健康的な四肢を目一杯伸ばして元気に敵だとアピールする。この少女も間違いようのないソギマチである。五賜卿たちは日焼けしてるかしてないかで区別をつけるしかない。
善と悪にハッキリ別れたかのように存在する二人のソギマチ。普通よりも白いか黒いかの姿が、ようやく気になったのか若干眉をひそめていたアルデンテが、何かを悟ったように口角を上げる。
「そうか……繋がったヨ。いや、半信半疑だったんだけどネ? キミたちを捕まえたっていう恐ろしい少女。あれってアノコのことだったんだネ。まさかホントにボクから奪うだなんて。ますます嫌いだなァ……」
アルデンテからスっと笑顔が消えた。その隙を埋める微かな殺気が少女らに突き刺さる。
殺られる前に殺らねば──。仕掛けるソギマチーズが地面をえぐり蹴り、肉薄する。本来の実力の四分の一程度しか出せない彼女らであっても、先手を決めに行くには充分な速度があった。少年が剣を構えるよりも速くクビを切り落とす。その“スピード”と“覚悟”があった少女らだが──、
「──アップルッ!」
初動を察知したパーラメントが既に叫んでいた。すると煙に巻かれ倒れていた筈のゴリラが何事もなかったようにムクっと起き上がり、二人の無防備な横腹を殴り飛ばす。思わぬ角度から飛んできた重い一撃。ソギマチーズは駆け出したスピードそのままに土壁に激しく衝突した。
衝撃に揺れる洞窟。容易く破壊された壁。舞う砂塵。誰が見ても無事では済まされないこの状況──。小柄な少女たちでは生きているだけでも奇跡だろう。
確かな手応えを感じたアップルは退屈そうに鼻を鳴らすが次の瞬間、目をひん剥いた。
「ウソォ……?!」
ウソと確実に口にしたアップルが目にしたのは、何事もなかったようにガレキを退けて立ち上がるソギマチーズの姿だった。
彼女たちはピンピン生きていたのだ。
「ビックリしたぁ眠らせたハズなのに……じゃなくて、フンっ。この程度か、ザコめ」
ゴリラが驚くのも無理はない。手足は折れ、内臓は破裂していてもおかしくない衝撃を与えたにもかかわらず少女らは無傷だったのだ。とは言え、ソギマチサイドも今の攻撃には少々驚いたようで、ソギソギは高貴な言葉遣いもふわっと忘れて一瞬、素に戻った。
「今の、ソギマチより少し速かったね」
「四分の一の力しか出せないから仕方ない」
補欠を含め、状況を理解できず口をあんぐりとしている面々にアルデンテは誇ったように説明する。
「ムダだよ。ソギマチちゃんは受肉する屍なんだ。術者を倒さない限り、彼女たちは半永久的に蘇り続ける。それも、魔力を必要とせずにネ。まァ聖属性を使える奴がいれば話は別だけど」
新しいおもちゃを買ってもらった少年のように自慢するアルデンテ。時折見た目相応に見える少年は、補欠とパーラメントに目線を送った。聖属性など都合よく持っていなかった二人は目線を感じても何も答えない。この場合の沈黙は手段がないことを逆に伝える形となった。
この場に聖属性を扱える者はいないらしい。故に、少女たちにキズ一つ付けられないことが確定した。術者である蝦藤かなみが死ぬか何らかの行動を起こすまで、絶対に消えない存在であることを全員が悟る。静かな緊張が走る中、マチマチがペコりと頭を下げた。
「アルデンテさま、ごめんなさい。時間を稼いで来てって言われてるの。だから、クビだけ落とさせて?」
「お、おお、謝るのはずるいぃ……。 ソギマチだって申し訳ないと思いつつも、こうしてるんだからなぁー」
自分たちのことを自慢してくれるアルデンテに居た堪れない気持ちなった黒いマチマチが申し訳なさそうに言うと、それはズルいとキレながら擦り寄る白いソギソギ。
「それなら戻ってくればいい。本来のキミに戻れるョ?」
と優しく提案をするアルデンテだったが、二人は激しく首を横に振ってそれを拒否した。
ソギソギが一歩前に出て、その胸中を語る。
「アルデンテ様。これは我々が話し合って決めたこと。何を言われようが帰るつもりはありません」
「そう。別に強制はしてないから好きにすればいいさ。キミは元々父さんのモノだからボクの元に居続ける必要もないしネ。むしろ、離れられて清々してるんじゃないの?」
覚悟を持って拒絶するソギソギの言葉を軽く受け止め、皮肉っぽく言うアルデンテにソギマチたちは各々違った反応を示す。
一人は昔を思い出して楽しそうに。
一人は昔を思い出して辛そうに。
「あははアルデンテ様、ブランス……じゃなくて、お父さんみたいなこと言ってる!」
「こんな優しい言葉、ブランシール様が聞いたらなんて言うか……」
黒い少女〝知識〟のソギマチは笑い、白い少女〝聡明〟なソギマチは熱い目頭を押さえる。そんな二人とは裏腹に、父親と比較されたアルデンテは怒りにうち震える。
「……同じ? ボクが父さんと比較されるのが嫌いだって知ってて、よくそんな事が言えたね。殺せなくてもさァ……キミたちを止める方法は幾らでもあるんだからナ? 猫又風情が」
見下すほど冷たい言葉にソギマチはビクともしない。それくらい突き放されたほうがいっそのこと楽だとさえ思っている。
『猫又』で獣人。
瓜二つの少女たちの容姿を交互に見て、パーラメントの中でようやく合点がいく。
──なるほど、人格と器を分ける猫又分身ですか。確か、分け合った分だけ力も等しく分配されるハズ。舐められている……? これじゃどう見ても、人数も実力も圧倒的に足りてない。
「力不足ですね。不死とはいえこんな非力なもので五賜卿の足止めを出来ると思っているあの少女……。少し買いかぶりすぎていたようですね。浅はかにも程がありましょう」
「ククククク……それで、我らがマスターを愚弄してるつもりか? 浅はかナリはオマエの方だ。グレイプ家に拾われただけの下女風情が」
アルデンテのマネをする〝聡明〟は、楽しいが抑えきれない見下すような視線でパーラメントの心に爪を立てる。
「面識……おありですか?」
商売柄、一度目にした顔と名前は思い出せるように特訓していたパーラメントだが、猫又の知り合いは思い当たらず眉を寄せる。先に気付いたのはマチマチだった。
「あ、思い出した! 夜一人でトイレに行けなくておもらししちゃった子だ!」
「な、何故それを……ッ?!」
今度は心にクリーンヒットした。
「まさか、あの時の……!」
思い起こされるのは、とある屋敷での昔話──。
ある日、屋敷に泊めてもらえることになったソギマチは興奮して眠れず、同じ部屋の侍女と共に夜更かしをした。翌朝、侍女のベッドに大きなシミを発見したソギマチが侍女に話を聞くと侍女は昨晩、トイレに行くことが出来ず漏らしたことが分かった。
すれ違う程度の出会いなら数えるほどある関係だが、印象的な出来事と言ったらオネショしかない。尤も、侍女をトイレに行けなくしたのは怖い話大会を開催したソギマチのせいなのだが、そんなこと本人はとっくに忘れている。
指を差して笑う〝知識〟にパーラメントが赤面して反論する。
「そ、そうです思い出しました! 元はと言えば、あんなこわい話をした貴女のせいで、ワタクシはッ……! キーッ、思い出すだけで腹立たしー!」
「でもオネショしたのはひとりだけだよ」
「うるさいうるさぁい! お黙りなさいな野良猫ズ」
「暗いところは今も苦手だよネ」
「アルデンテ様はどちらの味方ですかぁ……」
今にも泣きだしそうな声で言うパーラメントを尻り目に補欠が動く。わざわざあの猫耳少女たちに付き合う道理はない。結界を解くためにスクロールに手を伸ばす。触れなくとも手を翳せば本来反応するのだが、何も起きず首を捻る。今度は接近して触れようと試みるも、激しく荒ぶる黒雷に襲われた。手のひらは真っ赤な血の色に染まる。
「はーん、なる。ほど。どうやらその子たちはただの囮じゃなさそうだ」
翳した右手を庇うように振り返るが、パーラメントは滴り落ちる血を見逃さない。しかし特に聞こうともしない。
「結界がいつの間にか強化されている。魔素系統必須のスキルや魔法、基本的な魔術や術式等も含めて使いものにならないだろうね」
「ウボォー!!」
トオルが会話を続けながら他のスクロールも確認しに行くと、興味本位に近付いたアップルが黒雷を全身に浴びた。少し毛が焦げた程度の被害で済んだがかなり驚いたらしく、以降は近付こうとしなかった。
「つまりどういう事です」
「この結界の中に居る限り、僕やパーラ先輩では戦うことができないって意味です」
トオルは、不用意に近付かないようにと注意を促す。
不意に、アルデンテがスクロールに向かって剣を投げた。すると黒剣は黒雷に弾かれ勢いよくパーラメントの足元に突き刺さった。一部始終を見ていたパーラメントはトオルがウソを付いていないのだと肌で理解した。
「野良猫たちは結界を強化するための囮だったという訳ですか」
「うーんどうだろう、彼女たち自身に追加の術式がタトゥーされているのかも」
トオルはソギマチーズを追加の術式要員だと考えている。冗談のつもりなのかはさておき、微笑を浮かべるトオルにパーラメントはわかり易く溜息をついた。
「あのね……結界術に詳しくないワタクシでも、動くモノに結界を張ってしまうと強度が安定せず壊れてしまうことくらい──」
「えっと、ソギマチちゃんだっけ」
トオルは無視して、二人の少女に目線を合わせる。
「君たちはさ、かなみちゃんから〝何か〟貰わなかった?」
「あ、はい……あれ、答えちゃった」
「ばかばかぁーッ! 答えちゃったじゃないよー!」
優しい笑顔に惑わされたのか〝聡明〟があっさりと答えると、〝知識〟が怒って腕をぐるぐる回しポコポコと殴った。聡明は反省のテヘペロを見せる。
「じゅつしきの事はふつーに考えて答えちゃダメでしょー!」
「ワオ、マジかよ」
さらっとマチマチが漏らした情報にトオルは愕然とした。それは何故か──。
先程した質問の〝何か〟に当てはまる部分──それは十中八九〝スクロール〟だとトオルは推測していた。だが少女は〝術式〟だと答えた。
その違い。ほんの少しの違いにトオルは考えを改める。
「穴から降りてきた直後、睡眠煙に紛れて術式を発動させた。そういうことかい?」
「うん。……あ、あれ?」
今度は逆に〝知識〟があっさり明かし、〝聡明〟が目を細めて睨む。
「ソギマチに言っといて同じことやるぅ? ふつー」
「うー、ごめんごめん……」
「許す」
「やったー!」
トオルは寸劇をする二人にサラッとお礼を述べた。
納得したように立ち上がり笑う補欠を見て、パーラメントが怪訝な表情を見せる。すると、トオルは歩きながら語りだした。差異の正体──、誤算を修正するために。




