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第五十五話 努力の咆哮

数話ぶり、珖代視点へ戻ります。


 ---珖代視点---

 

 

 

 「ユイリーは死ぬぞ」

 

 

 

 ──なんだ、今……ユキはなんて言ったんだ?


 不意に鈍器で強く殴られたような衝撃発言に、俺は振り向いたまま動けなくなった。

 落ち着け落ち着け。いや、落ち着けるわけが無い。思考が定まらない。変な汗も吹き出してるのが分かる。あの目は本気、ホンキで言っている。

 

 

 自分が今どんな顔をしてるか分からないが、ユキは慈愛に満ちた目でじっと俺を見つめる。あんな目を向けられたことがない。ユキにもユイリーちゃんにも。

 

 「もう一度言う。このままだとユイリーは死んじまう」

 

 聞き間違いだと思いたかった。でも、その目が真実だと訴えて離さない。

 

 ユキとユイリーは一心同体……いや、二心同体という話だった。二人が死ぬならともかく、何故ユイリーちゃんだけが死んでしまうような言い方で強調してくるのか。それがものすごく不安でたまらない。

 

 「いや、このままってのは一旦忘れてくれ」

 

 ユキは不安を煽るように首を抑えて一瞬、目を逸らした。どうやらユキ自身も相当言葉選びに迷っている様子。それでも丁寧に言葉を重ねてく。

 

 「さっきも言ったが、ユイリーは俺の影響を受けている節がある。お前に向く好意がそうであるように、お前に何かあれば俺と同じように命を懸けてお前を守ろうとするハズだ。俺の言いたいこと、分かるよな?」

 「そうなった時、俺はまた大事なヒトを失うのか……」


 そうなるとは限らない──と言うのは簡単だ。でも、そうなるかもしれない未来も容易に想像できた。前例があるから尚更、事欠かない。

 

 ユキは俺を守るためにトラックに轢かれ死んだ。転生した今だからこそ、そこに後悔はなかったとユキは言う。ユキ自身はそれで良かったのかもしれないが、俺のせいでユキは死んでしまったのだから『俺がユキを殺した』という後悔が俺にだけ残った。

 もし仮に、ユイリーちゃんの目の前で俺にもしもの事が起きたら、ユキの影響を受ける彼女は自己犠牲の果てに命を投げ捨てかねない。ユキはそう言いたいらしい。


 「そうだ。お前が好きだからそうするんだ」


 俺と旅をして俺のために死ねば、それは『俺がユイリーちゃんを殺す』も同義……。

 

 「俺とユイリーの共通点の多さには気付いてるか?」

 

 突然そう聞かれ、彼女のことを改めて考えみる。

 確かに共通点(それ)は多く感じた。特に気にかけてくれるとことか結構。

 

 「妙にこだわったり、ここぞの勇気があったり、……確かに多いよ。ユキの妹って感じだな」

 「命を懸けてでも珖代を守りたい。そう思う心も、俺たちの共通点なんだと理解してもらいたい」

 

 ユキの包み込むような優しい一言に、胸焼けする。


 ──こんな俺でも勘づきはするさ。ユイリーちゃんが俺に向けるその目はときどき他人に向けるモノとは少し違っていたし、彼女がくれた不可解な行動の全ては『好意があるから』の一言で納得できてしまうものばかり。ただ、好意を向けてくれるまともな理由がなかった。いや、今まで分からなかったんだ。出会う前から俺と縁が繋がってたなんて、そりゃ分かるはずも無いよ。

 

 「正直に言う。今の実力じゃあ、おめェにユイリーは任せらンねェ。だから、あいつが一緒に旅をしたいって言い出す前に……お前から断ってくれ」

 

 『実力不足』その四文字は自分でも苦しいほど痛感してる。否定する言葉が見つからない。


 「俺が弱いことなんて、俺自身が一番よくわかってる──」


 弱さを理由に何かを否定されるのは初めてだった。反論の余地がないくらいに心に深く刺さる。

 それでも。

 

 「──でも、だからと言って除け者にしたら、今日までのあの子の努力はどうなるんだ」

 

 一緒に旅をしない選択肢を取るのは簡単だ。でもパーティーに入りたい一心で日本語を猛勉強し、独自の魔法技術を研鑽するユイリーちゃんがそれでは報われない。それがどうも気にかかる。

 

 「ユイリーちゃんの努力を俺は近くでずっと見てきた。一緒に旅ができる仲間になりたいって、本気で言ってくれたあの子の気持ちを無下に……俺はできない」

 

 まだ異世界にやって来て間もない頃──。

 パーティーメンバーに加わりたいと遅れてやって来たのがユイリー・シュチュエートだった。

 最初に加わりたいとやって来た黒幕(さいとう)とかいう胡散臭いイケメンと比べると、遥かに好印象だったのを覚えている。


 それまでの彼女は顔を合わせる度にそそくさと逃げてしまうイメージがあったが実際話してみると、根はマジメで優しい少女だと分かった。魔法士見習いの彼女が旅に加わるならむしろ大歓迎だと話を進めてはいたが、律儀な彼女は『日本語を話せるようにするので待って欲しい』と断りを入れてきた。後日彼女はダットリー師匠に弟子入りを志願し日本語を学び始めた。日本人の妻を持っていた師匠なら確かに相応しいと思えるが、結局ほとんどの日本語を俺との会話で覚えていったように思う。


 この異世界で生きていく為に共通語を覚える必要があった俺や薫さんとは違い、ユイリーちゃんはただ一緒に旅をしたいが為にその努力を積んできた。それを断る勇気が俺にはなかった。

 

 「でもよ、日本語を覚えたら仲間に入れてやるって約束もしてねェじゃん」

 「そうだけどさ……」


 確かに、約束を結んだ訳ではないので断ること自体は出来る。それでも断れないと思うその心は実にシンプルで──。


 俺はただ、彼女の悲しむ顔を見たくなくてゴネているのだ。

 

 共に同じヒトを師匠と仰ぎ、一年半も苦楽を共にしてきた彼女の思いをあっさりと切り捨てられるハズがあるものか。そんな事しようものなら、辛くなるのはむしろ俺の方だ! 心を鬼にしてまで彼女を遠ざけるなんて無理だ。嫌だ。後悔する。絶対に!

 

 薫さんやかなみちゃん、リズにも抱かない不思議な感情──。

 

 薫さんには俺の辛さをどこまでも分かってもらいたくて。

 かなみちゃんには背伸びせずもう少し甘えて欲しくて。

 リズニアとはなんでも素直に言い合える仲でいたくて。

 ユイリーちゃんには、ずっと笑顔でいてもらいたいと願う──。

 

 あの子の笑顔を見てると何故か救われた気分になる。これもユキの影響だろうか?

 

 今はまだ荒削りでも、後方を任せられるだけの魔法士としての腕もある。ともかく俺は、ユイリーちゃんを招き入れたいのだ。

 

 「てかよォ、一番近くで見てきたのはどーみても俺だろう……」

 

 ユキが大きなため息を吐きながら言った。俺なんかよりも近くでずっと見守ってきたのは確かにユキの方に違いないな。

 

 「つーかおめェがどう思ってるかが問題じゃなくて、てめェが弱いのが悪いって話してんだよ。たまちゃん、今まで何やってたんだよ」

 「何って、強くなる為の努力を──」

 「はァ? 努力ぅ? 結果に結びつかねェことが努力だぁ!? そういうのをなァ“自己満足”っつーんだ人はよォ!」 

 

 ユキは鬼の形相で距離を詰め寄って来て俺にそう告げたが、何も、そこまで言われる筋合いはない。

 

 「は? んなことは──」

 

 言い方に腹が立って反論しようにもユキは畳み掛ける。

 

 「くだらねェ、マジくだらねェ。てめェみたいなヤツは努力した気になればすぐ満足する。黒板を丸々書き写せばそれで満足するガキんちょと一緒だ。それじゃいざって時に抜け落ちちまうんだよ!」

 

 ユキは俺の胸を強く殴った。勢いのあるパンチではないし、体重は乗っていなかったから重くはなかった。でも想いが乗ったパンチだった。

 

 「テストなら取り戻せるが、この世界じゃ一回のミスが命取りなんだぞ? 理解しとけや……」

 

 そう言って、拳を突きつけたまま下を向くユキの肩を俺が支える。強さとは違うが、努力で身に付いたものが俺にはある。それを伝えればユキもきっと分かってくれるはず。

 

 「強くなるため以外のこともしてるよ。この世界の常識はだいぶ身についてきたし、言葉だって多少は書けるくらい覚えた。走り込みだって毎日続けて体力はついてきたし、次からは聖剣の使い方だって──」

 「誰かがいてくれる前提で修行してるだろ?」

 「え?」

 

 またしてもユキは俺が言い切るよりも早く反論してきた。だが、イマイチ要領が掴めきれなくて聞き返した。

 

 「お前は相当恵まれてんだ。俺たちとは違ってな……。だからそろそろ独り立ちしようぜ。でなきゃ大事な局面で、いつか地獄を見るぞ」

 

 意味が全く理解できない。なにせ俺は努力をしている。結果もそこそこ出している。しかも満足していないから向上心もある。周りに恵まれてる自覚はもちろんあるが、そこまで突っかかる理由はなんだ。地獄とはなんだ? 納得できない。

 

 「弱いままでいない為に、次は聖剣を使いこなせるよう努力する。できなきゃそれまで。──もういいだろ? そろそろ行かせてくれ」

 「おめェ……、勇者の仲間(こぶん)に負けたんだってな?」

 

 ようやく落ち着いたと思ったユキが、笑いを堪えるように聞いてきた。

 

 「負けてねぇよ! ……なにも出来なかっただけだ」

 

 勇者の仲間(カクマル)という┠ 威圧 ┨の効かない相手に直面した時に、身に染みて分かったこと。それは『スキルが無ければ自分さえ守護ることが出来ない』ほど無力だということ。それは自身を制御出来ないより辛いことだった。

 

 ┠ 威圧 ┨がなきゃ俺はただのヒト──。

 その事実を認めたくなくてガムシャラにカクマルに挑み続けたが……結局のところ師匠に助けられるまで手も足も出せなかった。その時の記憶だけは曖昧だが、何かに取り憑かれていたのだと今は思う。

 

 外部からの干渉とか霊的なものとは違う。アレはもっと……内側から湧き上がる反骨心──。〝怒り挑む〟力そのもの。能力への(おご)りと弱さ、それを認めたくない自己矛盾により引き起こされる状態異常なのだとすれば、《不条理叛逆》が普段表に出てこないのも少し頷ける。それは恐らくリンクしているのだ、負の感情と。

 

 ユキの言う『大事な局面』とは、ああいう時なのか?

 

 「まずおめェは勘違いしてる。努力は“してる”とか、“したい”とか“してるのに”じゃない。〝結果〟が出て初めて〝した〟と胸を張れるものなんだ。覚えとけタコマリ」

 

 タコマリ? ユキは至近距離で俺の顔を指差し言った。言いたい事はなんとなく伝わる。世間は頑張りよりも、頑張った先の結果を見る。結果を出さなきゃ誰も見向きもしてくれない。だから、結果を出すための努力をしろと、そう言うのだ。


 今の俺に目標を見据えた努力はあるのか、

 結びついた努力なんて数える程もないんじゃないか、

 次に次にで後回しにしてやらなかったこともあるんじゃないか、

 そう問いかけられると胸がチクリと痛む。


 ──そうか。自分の影がハッキリ掴めた。

 “努力をする”から“した”に変えるにはどうしたらいいか。

 ┠ 威圧 ┨の効かない相手がまた現れたら。

 足でまといになってしまったら。

 想定しろ、思い出せ。一番弱いのは誰なのか。

 これは原点だ。

 異世界(こっち)に来て一番初めに考えていたソレを、そんな自分を、忘れて過ごして来たツケだ。

 そのツケが『自己満足程度の努力』という評価か。

 悔しいけど認めるしかない。

 努力した気でいる自分が好きなだけだったと。

 


 「過程に満足して、結果を疎かにしてきたんだな……俺。努力に対する裏切りだな、これ」


 ──裏切らないためには出すしかない。

 成果を。結果を。証明を。

 それが、結びついて“努力”なんだろ?

 見つけてやるさ。俺にとっての正しい努力……!


 「他人の心配してる場合じゃなかったな」


 気づくのが遅すぎた。悔しさのあまりに頬は緩むのに拳には力が入る。


 まだ間に合うというのなら俺はする。

 全力の努力を。辿り着くための努力を。償うための努力を。

 例えそれが命を削るようなイバラの道であっても、失わない為に俺は進む。俺の中の努力が産声をあげる瞬間をユキに聞かせてやる。

 

 

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