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第五十三話 〝知識〟のソギマチ〝聡明〟なソギマチ

十五話ぶりにデネントさん登場。

〝知識〟〝聡明〟が味方側

〝技術〟〝真心〟が敵側です。

 

 


  

 

 「わ、我は〝聡明〟なる存在。理を外れし者、ソギマチ!」

 「はーい! 同じくぅ! ソギマチは〝知識〟のソギマチでーす!」

 

 かなみに連れ去られたハズの二人の存在を語るには、少しばかり時を遡る必要がある──。

 

 

 

 ━━

 ━━━━━

 ━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 アルデンテを返り討ちにしたその夜。

 かなみは捕虜(?)として捕まえた二人の獣人娘に会うために旧井戸を訪れた。ここは人通りがあまりない。獣人の子らは背中合わせにまとめて縛られた状態で座らされており、一人は疲れ果てたようにぐったりと、もう一人は鼻風船を膨らませてぐっすりと眠っていた。

 

 「ソギマチちゃんげんきぃ?」

 

 かなみは有無も言わさず二人の頭を撫で回しながらそう聞く。一方は怯えるのもやめて気持ち良さそうにトロけ顔を晒し、もう一方は無抵抗に撫で回されるうちに目を覚ました。

 

 「ん〜にゃめろ〜お〜お〜おまえ〜……」

 「ん、……んあ朝?」

 「お前じゃなくて、かなみ。蝦藤(えびとう)かなみ」

 

 少女の声を聞いた途端、なでなでに満更でもなさそうだったソギマチがハっと我へと還った。だいぶ怯えているようで、しどろもどろになる。

 

 「そ、ソギマチたちを……今すぐ解放しろ……して! さもないと、ああ、アルデンテ様が……お怒りになるかも、だぁ!」

 

 寝起きでいまいち状況が分かっていない方のソギマチを、かなみが優しく撫で続けると甘えたような声を出しながら満面の笑みで擦り寄って来た。

 

 「んへへー……」

 「おーい馬鹿者ぉ! 良いように操られる奴があるかぁ〜。帰ってきてぇ……」

 

 意識のハッキリしている方のソギマチはもう一人の方を羨ましく思ってしまう邪念を振り払いながら、相方を現実に連れ戻そうとする。というか、戻って来て欲しそうに駄々こねている。あまり動けないので足をバタつかせて。

 

 「んー、別にイヤなら逃がしてあげるけど?」

 

 それはかなみからの思わぬ提案だった。しかし、そんな都合のいい話があるはずが無い。一瞬だけ笑顔になりかけたソギマチが顔をしかめて言う。

 

 「だ、騙されないぞ……。そ、そんなのは見え透いたウソだ! 絶対……絶対にぃ」

 「ホントだよー。それにこれもホント。かなみのモノになってくれるならどんな願いでも叶えてあげるっ」

 

 小悪魔的な笑顔で少女はそう呟いてみせた。小鼻どうしがくっつきそうなほど近い距離で。

 その行動はホントの証明にはならない。なのに──少女の言葉は自信に満ち溢れており、圧倒されてしまうだけの説得力と安心感が湧いていた。ソギマチたちが無意識に生唾を飲み込んでしまう程に。

 

 かなみは二人を愛おしそうに撫でながらソギマチのミミに顔を寄せた。芯まで響く、冷たくも優しい声がソギマチたちを震わせる。

 

 「ククク……動揺しているなぁ? ソギマチちゃん。なぁに、そこまで怖がる必要はないよー。キミたちは寝返る代わりに一つ。欲しいものを一つ手に入れられるんだから……。さぁ言ってごらん、キミの欲しいものはなんだぁい? ソギマチちゃーん」

 「そ、ソギマチの欲しいモノは……強さです」

 

 甘く蠱惑(こわく)的な勧誘に取り憑かれ〝聡明〟なソギマチは虚ろな目を向けたまま欲望を口にする。蚊の鳴くようなちいさな声であろうとかなみは聞き逃さない。

 

 「いいよ。叶えてあ・げ・る」

 

 チートスキル──┠ 欲望支配 ┨

 

 誰にも知られたくない欲求、または自分でも気付かない内なる願いを強制的に相手に語らせることで、弱みを握り精神をグラつかせ、そこに甘い誘惑の手を差し伸べることで精神を支配する能力。簡単に言えば『このヒト無しでは生きられないと相手に錯覚させる能力』であり、“決して願いを叶える能力”ではない。依存症に近い支配系能力の一種である。

 

 かなみは今までに┠ 欲望支配 ┨を三度、使っている。

 一度目は潜在的に母の愛情を求める珖代の為にママになってあげると宣言し、無意識に依存させ街に留めさせたこと。その結果珖代は、ユールを旅立つのに一年以上遅れている(・・・・・・・・・)。全てが少女のせいというわけではないが一因になっている。

 二度目は前人未到の称号『SSS級冒険者』を目指し、将来かなみを守れる男になりたいと豪語したレクムを応援したこと。鬼のような努力と修行が必要な修羅の道へと少年をいざなった。片田舎の飲食店の息子には大き過ぎるターニングポイントである。

 そして三度目は住みかを探しているレイたち義賊に居場所と仕事を提供した時。その交渉をキッカケにレイザらススタッフ一同はかなみをお嬢と呼び始めた。


 これらには能力以上に厄介な事情が絡んでいる。それはかなみ自身、このチートスキルの(・・・・・・・・・)存在に気付いていない(・・・・・・・・・・)ことだ。

 自分の言動(チート)が原因で珖代やレクムの人生に影響を及ぼしていることなど、彼女は微塵も気付いていない。そうして今ここに、四例目が加わった。被害拡大である。

 

 「そっちのソギマチちゃんはどうなりたいんだい?」

 

 振り向いたかなみと目が合い、ゆっくりと下を向く知識。かなみはすかさず頭を撫でながら猫ミミに顔を寄せた。それを見た聡明が口を挟む。

 

 「ソギマチはソギマチでしかないので、願いは変わらない……です。分裂しても基本は一緒……です」

 「例えそうだとしても、ソギマチちゃんの数だけ個性があるように、かなみは一人ひとりの願いを聞きたいな。だから、とりあえず言ってみて?」

 

 さっきまでの誘惑がウソのように少女は優しくソギマチに問い掛けた。分裂体である知識が個人として承認されるのは初めてで、心まで撫でられているような暖かな気分にソギマチ二人は包まれた。分身としてではなく、いち個人として捉えられていたことに驚きながらも心を奪われる二人。それこそ┠ 欲望支配 ┨によるものだと知らずに彼女らはしばらく目を合わせると頷き合った。

 

 〝知識〟のソギマチの願い。

 それは本質的な願いの分身。

 目的のための手段のようもの。

 

 「アルデンテ様を裏切ってまで、強くはなりたくない……」

 

 分裂体のままでも戦力でいられるだけの強さが欲しい。でも裏切ってまで手に入れたいとは思わない。それはソギマチ全員の共通認識のようで、結局は一つ目の願いと繋がる願いだった。ふたりは一緒になって落ち込む。

 落ち込むふたりを見たかなみは、今度は一転して明るく切り返してきた。

 

 「んー、じゃあ裏切るしかなかったって事にしよう! 本当はイヤだったけど、仕方なくかなみの仲間になったってことなら、ありじゃない? ね、ね?」

 

 意外な提案に二人はキョトン顔を晒す。わかりやすい咳払いをしつつ、少女は察してもらえるよう言葉を慎重に選んだ。

 

 「おっほん。今、二人のおしりの下にはー、契約者とのパスを強制的に切断する強力な魔法陣がーあるとします(・・・・・・)。そこから出てしまうと貴女たちはー、数分も経たない内に消滅してしまうことでしょー。さて! そんな中、目の前に契約してもいいよというヒトが現れたら、二人はどうする?」

 「え! そんな魔法陣が?」

 

 知識が慌てだすとかなみは丁寧かつウキウキと説明しだした。

 

 「あくまでテイの話だよっ。これはそういう種類のキョウハクだと思ってもらえると助かるかな。それで、どうする? 悔しーでも、裏切っちゃう?」

 「……い、いいだろう。その脅迫とやらにま、まんまと屈してやる……」

 

 聡明が眉をキリリと立ててビクビク応じる。すかさず知識がそれに異を唱えた。

 

 「え、何言ってるのソギマチっ! そんなのダメって分かるじゃん!」

 「う、うん、分かってるけどさ。最低だけどさ。最善の策だと思わない?」

 「思わないよっ!」

 

 何やら考えのある聡明の言葉をバッサリと切り捨て知識は否定した。すると聡明は諭すように自分の考えを自分に話し始めた。ソギマチ自身の葛藤がかなみの前で繰り広げられている。

 

 「いいかいソギマチ。これは契約上の立場の問題だよ」

 「けいやくじょーの立場?」

 「うん。“そうせざるを得ない”という結果を提示されたら、悔しいが飲んだ方がメリットが大きいの。……だって、イヤになったらいつ裏切って逃げても構わないって向こうが提案してるようなもんなんだよ」

 

 力を手に入れたい。でも、心を縛られたくない。その思いに応えるべくかなみは、本当に嫌になったときには裏切ってもいい形の契約を提案したのだ。

 交渉を成立させるためにかなみが取った行動を〝聡明〟なソギマチだけは理解していた。或いは〝知識〟も気付いていたのかもしれない。けれど納得するために自分自身に問うたのだとしたら、頑張って理解しようと努力しているのだと見て取れる。

 

 チート少女と叶えたい願いは違えど、手段や目的は酷似している。だから動いた。相手が妥協するなら、こちらから歩み寄ってもいいのではないかと。

 

 「なるほど……ソギマチは理解がはやいね」

 「同じソギマチでしょ」

 「アルデンテ様を裏切るのはツライけど、分かった……そうしよう!」

 

 少し遅れて理解を示した〝知識〟の代わりに、〝聡明〟は叫ぶ。

 

 「まあ、助けを待ってるってだけなのも性にあわないので、貴様の提案、受け入れてやるぞ!」

 「だからぜったい強くしてね!」

 

 ソギマチの言葉を聞いて、かなみが意気揚揚と二人を縛る縄を解いた。

 立ち上がった二人のソギマチは大きく伸びたり軽くストレッチをする。契約はまだでも逃げるようなマネはしない。逃げ切れもおそらくしないから。

 程なくして、聡明がかなみの方を向いて口を開いた。

 

 「一つだけ忠告しておいてやろう。あの方は奪われたモノは必ず奪い返す。せ、せいぜいソギマチを奪われないように頑張るんだな」

 

 頑張って見下しながら鼻で笑う聡明に対して、かなみは屈託のない笑顔で応える。

 

 「その、アルデンテ様って子も、かなみのモノになるから大丈夫だよ」

 「「な……なる?」」

 

 まるで確定事項のように呟いたかなみを見て、ふたりのソギマチが初めてシンクロした。だが、かなみの耳には届いていない。

 

 「妖狐族の少年かぁ、モフモフ出来るかなぁ……ふへへへ」

 

 ビクッ。

 

 ヨダレを垂らしながら空気を揉む不気味な少女に、二人は小動物的な本能から湧き上がる戦慄を覚えた。

 

 この少女……マジかよ。

 手下になるヒト間違えたんじゃねーか。と。

 

 数日後──。

 一周回ってリスペクトしなくもない気がしてきた二人は宴会準備で人手の足らないデネントさんの元へと連れてこられた。五賜卿討伐を記念した宴会場に、給仕として派遣されたのだ。

 

 「デネントさん、この子たちです」

 「わ、我は〝聡明〟なる存在。理を外れし者、ソギマチ!」

 「はーい! 同じくぅ! ソギマチは〝知識〟のソギマチでーす!」

 

 香ばしいポーズと元気な笑顔を並べるソギマチ。宴会責任者のデネントは相互に顔を見比べて困惑している。どちらも同じ顔と名前なのだから仕方ない。

 

 「えっと、こっちがソギソギでこっちがマチマチです」

 

 人見知りを厨二病で誤魔化す方をソギソギ(聡明)。日焼けして黒くなった元気な方をマチマチ(知識)としてかなみは紹介する。獣人族であることがバレないように被っていたフードを取ると、デネントはネコミミに驚きつつも快く受け入れた。

 

 「ソギソギちゃんとマチマチちゃんだね。ちょっとくらい失敗しても構いやしないから、テキパキ働いておくれ」

 「「あいわかりした!」」

 

 二人はヘンテコな返事をした。それでも元気があればよしと〈お食事処レクム〉の女主人デネントは二人にまず皿洗いから教えた。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━

 ━━━━━

 ━━

 

 ~デネントサイド~

 


 

 「獣人族のソギソギちゃんとマチマチちゃんって聞いて、何か思い当たる節はないかい?」

 

 保安兵の詰め所に何かを感じ取って来た薫と単に暇してついてきたリズニアの二人に、デネントは犯人探しの経緯を話したあと、そう聞いた。

 

 「うーん、分からないです」

 「すいません。お力になれなくて」

 「いいんだよ。気にしないでおくれ」

 

 しかし、いい返事は貰えず話は平行線へと戻る──。


 保安兵とレクムの店主、二足のわらじを履いているデネントの夫が墓を監視中、何者かに襲撃されるという事件が起きた。詰め所に運び込まれた夫から獣人族の少女にヤられたと聞かされたデネントは、その少女の特徴からソギソギとマチマチなのではないかと推測し、紹介してくれたかなみを詰め所に招聘したのだが、──かなみは行方知らずでやって来たのは薫とリズニアの二人だけだった。

 

 簡易的な造りをしている詰め所には寝台が一つと椅子が二つしかあらず、夫の様子を見守っていたデネントと後からやって来た薫だけで椅子は埋まる。リズニアと少数の保安兵たちは立ちながら話を聞いている状態。

 

 「聞いたよかなみちゃん。こうだいを探しに出たっきり帰って来てないんだって? どうして、このタイミングなのかねぇ……」

 

 デネントがため息混じりにこぼすと、見ているだけのつもりだったリズニアが反論する。

 

 「こうだいはともかく、かなみちゃんを疑ってるんです?」

 「そう聞こえたならゴメンよ。あたしは心配してるだけさね……お嬢ちゃんがお友達に騙されてやしないかってね」

 「こうだいならともかく、かなみちゃんのお友達はそんなことしません!」

 「うん。こうだいも信用してやりな」

 

 リズニアに何かと引き合いに出されては自然に落とされる珖代。その事には触れず薫が話に入る。

 

 「何が起きているのか私たちには分かりませんが、あの子が“友達”と呼ぶ間柄なら、今はどうか信じてあげてください」

 「親にそう言われちまったらそうするしかないね。まっ、あの子ならむしろ、あたしらの心配をしてくれてそうだけどね」

 「……ただ、旦那さんが狙われた件とうちの娘の件。まったくの偶然だとは思えません」

 

 薫の発言にデネントは腕を組みながら噛み締めるように頷く。

 

 「うんうん。こうだいの行方不明の件といい何かあるね、これは」

 「え、どーゆーことです?」

 

 イマイチ要領を掴み切れてないリズニアがぽけ〜っと聞くと、デネントが

 「三つには接点があるかもしれないってことさね」

 と付け加えた。そこに、慌てた様子の保安兵がひとり外から駆け込んできた。

 

 「きゅ、急報! 急報です! デネントさん!」

 「なんだい騒々しいねぇ。一旦落ち着きな」

 

 やって来たのはデネントに物見櫓の様子を見に行くよう指示された保安兵の男。走ってきたのかズレた兜を直している。

 

 「街の外にある物見櫓に向かうために門の開閉を待っていたのですが、その……第三防壁門外周からの応答がなく、向かうことが出来ません!」

 「はあ!? そりゃ、つまり、乗っ取られたってことかい……?」

 

 何かある──。その言葉の意味が、リズニアにもようやく伝わった。

 

 

 

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